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アルツハイマー病の新たな発症メカニズムを解明

掲載日:2018年12月26日更新
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アルツハイマー病の新たな発症メカニズムを解明
-治療薬開発とその評価法にも新手段を提唱-

2011年12月15日
独立行政法人 放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴)
分子イメージング研究センター分子神経イメージング研究プログラム 樋口真人チームリーダー

本研究成果のポイント

  • カルパインという酵素が、アルツハイマー病のアミロイド蓄積に伴う神経傷害を促進するのみならず、アミロイド蓄積自体も加速
  • カルパインがアルツハイマー病理に及ぼす影響を生体脳で可視化
  • カルパイン阻害剤でアルツハイマー病の発症機構全体を抑制し、その効果を生体イメージングで評価する手段を提唱

 独立行政法人放射線医学総合研究所(以下「放医研」、米倉義晴理事長)と独立行政法人理化学研究所(以下「理研」、野依良治理事長)は、アルツハイマー病※1のアミロイド※2蓄積と神経細胞死に、カルパイン※3という酵素が密接に関与することを明らかにしました。これは、放医研分子イメージング※4研究センター分子神経イメージング研究プログラムの樋口真人チームリーダーらと、理研脳科学総合研究センターの西道隆臣チームリーダーらとの共同研究による成果です。

 アルツハイマー病ではアミロイドと呼ばれるタンパク質の塊が蓄積し、これにより神経細胞を死に至らしめます。その過程において神経細胞の中でカルシウムの増加が生じることは知られていたのですが、本研究では、カルシウム増加に反応して活性化するカルパインが、アミロイド蓄積に伴う神経細胞の傷害を促進するのみならず、アミロイド蓄積そのものも加速することを明らかにしました。

 このことは、将来的にカルパインの阻害剤を用いて、アルツハイマー病の発症機構を全般にわたって阻止する画期的治療法が実現しうることを示しています。

 さらに今回はカルパイン活性を制御した際のアミロイド蓄積と神経炎症の変化を、ポジトロン断層撮影(PET)※5により生体を傷つけることなく捉えることに成功し、こうしたイメージング技術によりヒトでカルパイン阻害治療の効果を評価できることが示されました。

 本研究は文科省委託事業「分子イメージング研究戦略推進プログラム」の一環として行われ、イメージングは放医研で、モデル動物開発は主に理研で行いました。今回の成果は米国の科学雑誌『FASEB Journal』のオンライン版に12月15日に掲載されます。

研究の背景と目的

 代表的な認知症であるアルツハイマー病は、我が国で100万人を超える罹患者がいると考えられ、病期の進行をくい止める治療手段が実現していない難治性の疾患です。アルツハイマー病患者の脳ではアミロイドβ(Aβ)と呼ばれるタンパク質が処理されずに蓄積し、老人斑※6というゴミの塊を形成します。このゴミがたまるのにつれて神経細胞が傷害を受け、やがて死滅して脳の機能障害が起こります。このとき神経細胞の中ではカルシウムの異常な増加が生じることが知られています。しかしながら、このカルシウムの乱れがアルツハイマー病の神経細胞傷害にどのように関わるのかは不明でした。本研究では、カルパインというタンパク質分解酵素が細胞内のカルシウム増加に反応して活性化することに着目し、カルパインがアルツハイマー病の病態メカニズムにおいて果たす役割を明らかにすることを目指しました。

研究手法と結果

 アルツハイマー病におけるカルパインの活性化を調べるために、活性化したカルパインによって切断された細胞骨格タンパク質※7(αスペクトリン)を検出する抗体を開発しました。この抗体を用いてアルツハイマー病患者の死後脳を解析したところ、老人斑の周囲でカルパインが活性化していることが分かりました(図1A)。また、アルツハイマー病患者から採取した脳脊髄液中でも、カルパイン活性化により切断されたαスペクトリンの断片が増加しており、闘病中の患者さんの脳内でもカルパインが活性化していることが示されました(図1B)。さらに遺伝子改変で脳に老人斑が形成されるアルツハイマー病モデルマウスにおいても、アルツハイマー病患者死後脳と同様に、老人斑の周囲でカルパインの活性化が認められました(図1C)。このカルパインの活性化は、神経細胞同士をつなぐシナプスという場所で生じていることが分かりました。カルパイン活性化によりαスペクトリンをはじめとする細胞骨格タンパク質が切断され、シナプスの正常な構造が崩壊すると考えられました。

アルツハイマー病におけるカルパイン活性化
図1:アルツハイマー病におけるカルパイン活性化

(A)アルツハイマー病患者の死後脳における老人斑(Aβを検出する抗体による免疫染色)とカルパイン活性化(カルパインで切断されたαスペクトリンを検出する抗体による免疫染色)の二重免疫染色像。老人斑を取り巻くようにカルパインが活性化していることが分かる。(B)正常高齢者とアルツハイマー病患者の脳脊髄液におけるαスペクトリンの電気泳動像。アルツハイマー病患者では未切断のαスペクトリン(a)もカルパインによって切断されたαスペクトリン(b)も増加するが、切断されたαスペクトリンが特に増加するため、b:aの比は正常高齢者よりも大きくなる。(C)アルツハイマー病モデルマウスの死後脳における老人斑とカルパイン活性化の二重免疫染色像。アルツハイマー病患者と同様に、老人斑周囲でカルパインが活性化している。

 次にカルパインの活性化がアルツハイマー病の病態に及ぼす影響を明らかにするために、カルパインの阻害因子であるカルパスタチン※8を産出する能力を欠損したマウスと、カルパスタチンを過剰に産生するマウスを作製しました。カルパスタチン欠損マウスをアルツハイマー病モデルマウスと交配することで、カルパインの過度の活性化が起こるマウスができました。一方、カルパスタチン過剰産生マウスをアルツハイマー病モデルマウスと交配することで、カルパインの活性化が抑制されるマウスができました(図2)。アルツハイマー病モデルマウスは正常のマウスより寿命が短いことが知られていますが、カルパインの過度の活性化が起こると寿命がさらに縮まり、カルパインの活性化が抑制されると寿命が伸びて正常マウスに近づくことが分かりました(図3A)。また、カルパインの過剰活性化によって、老人斑の蓄積が起こる前の段階から神経の形態に異常が生じ、神経傷害が強まることが示されました(図3B)。

カルパイン活性化が起こりやすいアルツハイマー病モデルマウスと、活性化が起こりにくいモデルマウスの作製
図2:カルパイン活性化が起こりやすいアルツハイマー病モデルマウスと、活性化が起こりにくいモデルマウスの作製

アルツハイマー病モデルマウスにおいて、カルパイン活性化が寿命と神経傷害に及ぼす影響
図3:アルツハイマー病モデルマウスにおいて、カルパイン活性化が寿命と神経傷害に及ぼす影響

(A)アルツハイマー病モデルマウスは正常マウスより寿命が短いが、カルパインの活性化が過剰に起こると寿命はさらに短縮する。逆にカルパインの活性化が抑制されると、寿命は伸びて正常マウスに近づく。(B)生後6ヶ月齢のマウス脳を染色(ヘマトキシリン・エオジン染色)した顕微鏡像。アルツハイマー病モデルマウスでは、カルパインの活性化が過剰に起こることにより、神経細胞の大きさが減少し、突起も縮れた異常な形態を呈する。

 交配マウスの脳を顕微鏡でさらに詳しく調べたところ、カルパインの活性化は、神経の損傷を加速するのみならず、老人斑形成も促進することが分かりました。カルパインの過剰活性化が起こるアルツハイマー病モデルマウスでは、通常のモデルマウスに比して老人斑の量が多く(図4A中央)、逆にカルパインの活性が抑制されたモデルマウスでは老人斑の量が少ないという結果が得られました(図4A右)。この老人斑の量の差は、生体脳の老人斑を可視化するイメージング薬剤を用いたポジトロン断層撮影(PET)でも明瞭に捉えられました(図4B)。また、神経が傷害されるのに伴って脳内で炎症反応が起こりますが、カルパインの過剰活性化によって炎症反応も強まることが、炎症マーカー※9のイメージングによって分かりました(図4C)。以上より、カルパインが老人斑形成と神経傷害に及ぼす影響を生きた状態で評価できることが示されました。

アルツハイマー病モデルマウスにおいて、カルパイン活性化が老人斑の形成と神経炎症に及ぼす影響
図4:アルツハイマー病モデルマウスにおいて、カルパイン活性化が老人斑の形成と神経炎症に及ぼす影響

(A)死後脳における老人斑の免疫染色像。15ヶ月齢のマウスで、Aβに対する抗体を用いて老人斑を検出。アルツハイマー病モデルマウスで認められる老人斑が、カルパインの活性が強まると増加し、活性が抑えられると減少する。(B)生体脳における老人斑のPET画像。ピッツバーグ化合物Bという老人斑プローブ※10を用いて撮像。正常マウスでは老人斑は検出されないが、モデルマウスでは記憶や学習能力をつかさどる海馬などの領域で老人斑が認められ、カルパイン活性化が過剰に起こると老人斑がさらに増加する。(C)生体脳における神経炎症のPET画像。AC5216という放医研が開発した神経炎症プローブを用いて撮像。正常マウスでは炎症は検出されないが、モデルマウスでは海馬などで炎症を認め、カルパインの過剰活性化により炎症が重症化し、神経傷害が強まっていることが示唆される。

 カルパインの活性化がなぜAβの増加を加速するのかを明らかにするため、Aβの生成や代謝に関わる分子を調べた結果、Aβを分解する酵素であるネプリライシン※11が、カルパインの過剰な活性化によって減少することが分かりました(図5)。ネプリライシンは脳内では主としてシナプスに存在しますが、アルツハイマー病ではカルパインの活性化がこのシナプスで起こります。カルパインがシナプスの正常な構造と機能を乱した結果、ネプリライシンが減少すると考えられます。

マウス死後脳の海馬で測定したAβ分解酵素ネプリライシンの量
図5:マウス死後脳の海馬で測定したAβ分解酵素ネプリライシンの量

生後2ヶ月のマウス脳切片を用いてネプリライシンの抗体による免疫染色を実施。ネプリライシン量は、免染色された細胞が領域に占める面積の割合(%)で算出。アルツハイマー病モデルマウスでカルパインの過剰な活性化が起こると、海馬でネプリライシンの減少が認められる。

本研究成果と今後の展望

 国際アルツハイマー病協会によれば、2010年の時点でアルツハイマー病にかかる経済コストは世界のGDPの1%を占めると報告されており、認知症対策の重要性が高まっています。アルツハイマー病におけるAβの蓄積が脳内のカルシウムの乱れを引き起こし、その結果起こる神経細胞中のカルパイン活性化が神経傷害の大きな要因となっていることが、今回初めて明らかになりました。それと共に、カルパイン活性化がAβの蓄積を加速して、その結果カルシウムの乱れが強まりカルパインがさらに活性化されるという、悪循環メカニズムが新たに見つかりました(図6)。このような病態の仕組みが発見されたことにより、将来的にカルパインの活性化を阻害する薬剤を用いることで、Aβ蓄積から神経細胞死に至るアルツハイマー病の発症機構全体を抑制する、画期的治療法が実現すると考えられます。さらに老人斑と神経炎症のPETイメージングによって、カルパイン阻害剤がアルツハイマー病の病理変化を抑制できるかどうかについて調べることが可能です。PETはモデル動物でもヒトでも利用可能な技術であり、ヒトで治療効果を出すために必要なカルパイン阻害剤の投与量をモデルマウスで予測し、実際の臨床で病理に対する治療効果を評価できるようになると考えられます。

 カルパイン阻害剤は神経傷害の治療薬として、研究機関や製薬企業により開発が進められています。本研究でアルツハイマー病の根本的な治療につながる薬剤となりうることが示されたことから、今後は抗認知症薬としても開発が進み、またPET画像をバイオマーカーとして治療効果の評価が進展すると期待されます。

アルツハイマー病の発症機構におけるカルパインの役割
図6:アルツハイマー病の発症機構におけるカルパインの役割

用語解説

※1 アルツハイマー病

 認知機能低下、人格の変化を主な症状とする認知症の一種である。日本を含む先進国では、認知症のうちで最も多いタイプの疾患である。

※2 アミロイド

 神経細胞から放出されるアミロイドβ(Aβ)と呼ばれる小さなタンパク質(ペプチド)が線維状に凝集し、細胞の外に蓄積した状態をアミロイドと称する。特にAβのかたまりによって形成されるアミロイドを老人斑と呼ぶ。

※3 カルパイン

 細胞内に存在するカルシウム依存性のプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)。細胞内のカルシウム増加に反応して、構造タンパク質を切断したり、細胞死を誘導するタンパク質を活性化したりする。脳虚血における神経変異、がん転移、白内障など様々な病態への関与が報告されている。本研究で開発された抗体により、アルツハイマー病で老人斑蓄積に密接に関連してカルパインが活性化することがはじめて明らかになった。

※4 分子イメージング

 生体内で起こるさまざまな生命現象を外部から分子レベルで捉えて画像化する技術及びそれを開発する研究分野であり、生命の統合的理解を深める新しいライフサイエンス研究分野。体の中の現象を、分子レベルで、しかも対象に大きな負担をかけることなく調べることができる。がん細胞のふるまいの調査だけではなく、アルツハイマー病や統合失調症、うつ病といった脳の病気、「こころの病」を解明し、治療法を確立するための手段として期待されている。

※5 ポジトロン断層撮影(PET)

 画像診断装置の一種でポジトロン(陽電子)を検出することにより様々な病態や生体内物質の挙動をコンピューター処理によって画像化する。PETとはPositron emission tomographyの略称

※6 老人斑

 アルツハイマー病の脳内で早期から見られる特徴的な病理変化。脳内にアミロイドタンパク質が集まることで、斑状に見える沈着が起きる。

※7 細胞骨格タンパク質

 細胞の形を維持したり細胞を運動させたりするのに必要なタンパク質。主要なものにアクチンやチューブリン、スペクトリンなどがある。

※8 カルパスタチン

 カルパインと同じく細胞内に存在するタンパク質で、カルパインの働きを阻害し、カルパインの過剰な活性化を抑える機能を持つ。

※9 炎症マーカー

 炎症に伴って増加し、生化学検査や画像検査などの手法により生体で検出できる分子。放医研ではトランスロケータータンパク(旧称末梢性ベンゾジアゼピン受容体)という炎症マーカーをPETで検出し画像化する技術を、モデル動物でもヒトでも実現させている。

※10 プローブ

 特定の分子に結合することで、その分子の画像化を可能にするイメージング薬剤。PET装置を用いて画像診断を行うために必要なプローブは、放射性薬剤(放射性同位元素で標識された化合物)であり、腫瘍や精神・神経疾患の診断・検査等で用いられる。測定したい機能の種類に応じて適切なPETプローブを選択する。

※11 ネプリライシン

 ペプチドを分解する酵素。2000年に本研究の共同研究者である理化学研究所の西道チームリーダーらによって、脳内でAβを分解する主要な酵素がネプリライシンであることが同定された。このほか、エンケファリンなどの神経ペプチドに作用し、神経の伝達を制御すると考えられている。

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