医療被ばく情報の自動収集・解析システムの試験運用を開始
-放射線診断での被ばく線量の適切な低減に向けた取組への道筋-
2015年1月30日
独立行政法人 放射線医学総合研究所
ポイント
- 医療被ばくに関する情報を、CT装置や医療用画像管理システムから自動収集しデータベース化する日本初の試み
- 医療機関やメーカと連携し、複数機種のCT装置等に対応したシステム構築
- 国内のCT被ばく線量の実態把握を加速し、診断参考レベルの設定に貢献
独立行政法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴以下、「放医研」という)では、国内の医療被ばくの実態を把握することを目的として医療機関及びメーカと連携し、CT装置など画像診断装置から医療被ばくに関する情報を自動収集しデータベース化するシステムを稼働させました。
放射線診断による被ばく線量の適切な低減を進めるための参考となる「診断参考レベル」(Diagnostic Reference Levels:DRL)※1の使用がICRP(International Commission on Radiological Protection:国際放射線防護委員会)により勧告されています。これは、放射線診断における線量が、必要以上に高くなっていないかどうかを判断する目安となる線量指標で、国あるいは地域ごとに被ばくの実態を考慮して、年齢別、検査別、撮影部位別に値が設定されます。欧米諸国では、既にDRLの導入が進められ、被ばく線量低減に役立てられています。日本においては、一人当たりの医療被ばくが世界的に見ても高いと考えられている一方、DRLの設定はなされてはいません。医療被ばく防護の観点からは、日本でもDRLが導入されることが望ましいと言えますが、その設定にはまず、国全体の放射線診断による被ばく線量の実態を把握することが必要です。
そこで放医研では、独自に開発した各医療機関の画像診断装置あるいは医療用画像管理システム(PACS)に格納されているデータを収集するツールと、様々な画像診断装置メーカが開発しているデータ収集支援ツールを用いて、自動的に医療被ばくに関連するデータを収集してデータベース化する試みを5つの医療機関と連携して開始しました。その第1段階として、放医研が開発した収集ツール※2とGEヘルスケア・ジャパンが開発し現在市販されている支援ツール※3を用いて、既に東北大学病院、大阪警察病院のデータ収集が開始されています。さらに、その他3機関においても、それぞれ1か月間の情報収集を行う予定で、およそ1施設ごとに4,000検査分の実データの収集が見込まれるため、半年後には20,000件余りのデータが収集される見込みです。
今後、日本の医療機関における放射線診療による被ばく線量の実態を把握し、DRLの設定を含め、正当化※4・最適化※5へ貢献するために、この医療被ばく情報の自動収集・解析システムをより多くの医療機関やメーカの協力の下に本格稼働させることを目指します。
本研究の背景
医療放射線の利用は世界的に増加傾向にある中、人口100万人あたりのX線CT装置数がOECD(経済協力開発機構)加盟各国平均では23.2台であるのに対し、日本は101台(ヘルスデータ2013)と多く、国民1人あたりの医療被ばく線量も他国に比べ多い可能性があることが以前から指摘されてきました。病院における診断行為に用いる放射線量は、機種によって線量が低すぎると病気を正確に診断できないために適切な治療が行えないなど、患者の診断や治療に支障を来す可能性があることから、もともと制限が設けられていませんが、制限値が高すぎると被ばくの懸念が生じます。
そこで国際放射線防護委員会(ICRP)は、診断に影響を与えない範囲でできるだけ放射線量を低減して医療被ばくを最適化するための低減目標値として、診断参考レベル(DRL)を使用することを勧告しています。DRLは放射線治療を除くすべての放射線検査に適用され、年齢別、検査別更に撮影部位別に撮影線量が設定されます。
現在は、施設による放射線機器の違いから、検査による被ばく線量に格差がありますが、DRLの設定はその格差を小さくする(被ばくの最適化)ことに役立ちます。欧米諸国ではDRLの導入が進み規制にも取り入れられていますが、日本では導入されていません。実際にDRLを設定するには、様々な医療施設における患者の検査や年齢ごとの膨大な撮影線量情報が必要となりますが、日本においては国全体の放射線診断による被ばく線量の実態を把握する包括的なシステムはなく、それを把握するためには自動的にデータを収集し、統合、解析するシステムが必要です。そこで、放医研ではこの課題を解決するための取り組みとして自動収集の実証とデータベース化を試みました。
実証の内容と経過
以下の図に示すように協力病院に既設されているCT装置あるいはPACSに対し、放医研が開発した収集ツール、あるいはGE社製の支援ツールを接続することにより、被ばく情報を検査単位で自動収集します。この場合、CT装置から出力される情報は、DICOM※6で規格化された情報に限定されます。なお、これらの収集ツールから放医研のデータベースに情報を送信する手法には、オンラインで直接データベースに送信する方法と、CD-Rなどの媒体を利用する方法がありますが、これらの選択は医療機関のセキュリティポリシーに依存します。
既に東北大学病院と大阪警察病院にて実際の情報の収集を始め、1月の下旬には放医研のデータベースに情報を格納する予定です。
また、収集された情報は、分析を行い診断参考レベルなどの算出に利用されるほか、各協力機関は、他の医療機関の情報との比較参照をweb上で行うことがでるため、各医療機関における被ばく線量のばらつきの低減も期待できます。
期待される成果と今後の展開
今回の取り組みにより、これまで行ってきた紙を用いたアンケート形式のデータ収集よりも、DICOM規格に基づいた客観性のあるデータを大量かつ一元的に収集することが可能になります。これは、各医療機関から一様な標準化された精度の良い情報が収集されることを意味し、DRLの設定に貢献できます。また、複数の医療機関の情報を分析した結果を公表することで、医療機関にとっても自施設の被ばく線量を他の医療機関と比較することが容易になるため、それぞれの医療機関における被ばく低減が期待できます。
今後の展開としては、平成27年度以降に対象医療機関を20施設程度に拡大し、それぞれの医療機関での調査期間も延長することが予定されていますので、平成27年度末には30万件近いデータが収集されることが予測されます。これにより日本のDRL値算出における精度の向上と、撮影手技、部位、性別・年齢ごとなど多角的な分析を容易に行うことが可能になると思われます。また、今後放医研に集められた放射線診断による臓器線量・実効線量のデータと組み合わせることにより医療被ばくデータベースの構築を行い、国内の医療被ばくの正当化や最適化のための研究に利用していく予定です。
将来的には、患者個人の医療放射線被ばく線量の管理体制へ発展させることを視野におき、国内全域のデータの把握を目指します。
用語解説
※1 診断参考レベル(Diagnostic Reference Level:DRL)
放射線診断において良好な画質を得るためにはある程度の線量が必要ですが、必ずしも線量が高いほど画質が良いという訳ではありません。例えば、ある部位における同様の病気の診断のためにある病院で行われている放射線診断に伴う線量が、他の医療機関の値に比べてかけ離れているとすれば、その病院では放射線に対する防護の最適化が不十分である可能性があります。放射線診断における線量が、必要以上に高いかどうかを判断し、医療被ばくの最適化を図る目安となる線量指標として、診断参考レベルは用いられます。
※2 放医研が開発した収集ツール
医療被ばくに関連した情報を収集することだけに特化したツールであり、接続先となるメーカや製品に依存せず柔軟に対応できる仕様で開発されています。特に、数値化された情報の収集ばかりでなく、イメージ化されている被ばく線量に関する情報をデジタルの数値情報に変換する機能を有するため、情報を数値データとして収集し解析することができる。
※3 GE社製の支援ツール
医療被ばくに関連した情報を収集するだけではなく、自施設内の情報を可視化・分析し、最適化をサポートする機能を併せ持っています。GE社製支援ツールの詳細は、下記URLのウェブサイトをご参照下さい。
http://www3.gehealthcare.co.jp/ja-jp/products/categories/innova_dose_report 別ウインドウ
※4 正当化
放射線被ばくを伴う行為(診断・治療)の導入に際し、それによってもたらされるベネフィット(診断・治療による利益)がリスク(放射線被ばくによる将来的な影響)よりも大きいことを保証するプロセスであり、医療行為の場合、該当行為の適用の判断が正当化といえます。
※5 最適化
放射線診療が必要と判断できるときに、合理的な達成可能な被ばく量を減らし適正に検査をすることですが、必ずしも被ばく量を最小化するということではありません。
※6 DICOM(ダイコム)
医療機器がネットワークを介して医療画像情報などを通信するために1980年後半から利用されているもので、今では、世界的に利用されている標準規格です。
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