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量子生命・医学部門

トゥレット障害の発症メカニズム解明に新展開-音声チック症状を呈する霊長類モデルを開発-

掲載日:2018年12月26日更新
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平成28年1月21日

国立研究開発法人 放射線医学総合研究所
韓国脳科学研究所
国立大学法人 筑波大学
学校法人 関西医科大学
国立大学法人 京都大学霊長類研究所
国立研究開発法人 理化学研究所

発表のポイント

  • 若年層に0.1~1%の割合で発症し、社会生活に大きな支障をきたすことがある神経発達障害
  • トゥレット障害で見られる音声チックの霊長類モデルを作出
  • 音声チック発現に関わる脳部位と異常活動を霊長類モデルで特定
  • メカニズム理解に基づく治療法開発に期待

 トゥレット障害は、咳払いや奇声などを発してしまう「音声チック」症状と、まばたきや顔しかめなどの動きを繰り返し行ってしまう「運動チック」症状が、共に1年以上にわたって継続する神経発達障害で、18歳未満に0.1~1%の割合※1で発症するといわれています。特に音声チックは、症状による肉体的・精神的苦痛に加え、しばしば周囲の誤解を招くことで社会生活に影響することがありますが、有効な治療法は現在も確立されていません。治療法の開発には、音声チックを呈するモデル動物の開発と、症状をもたらす脳のメカニズムの解明が急務でした。
 韓国と日本の複数の研究機関からなる本研究チームは、側坐核※2と呼ばれる脳部位の活動を興奮状態にすることにより音声チックを再現できるモデルザルの作出に世界で初めて成功しました。このモデルザルの脳活動をPET※3で調べたところ、発声に関わることが知られている前部帯状皮質※4という部位で脳活動が過剰に亢進(こうしん)していることを見出しました(図)。さらに、側坐核、前部帯状皮質及び発声運動に関わる一次運動野(特に口腔顔面領域)※5の各部位の神経活動を電位測定により調べたところ、これらの部位の神経活動が同期することによって音声チックの症状が発現するという脳のメカニズムが明らかになりました。このメカニズムをターゲットにした音声チックの治療法の開発につながることが期待されます。

前部帯状皮質

本研究の成果は、米国神経科学専門誌「Neuron」オンライン版に2016年1月21日(午前2時00分 日本時間)に掲載予定です。

背景と目的

 トゥレット障害は、咳払いや奇声などを繰り返し発してしまう「音声チック」と、まばたきや顔しかめなどの動きを繰り返し行ってしまう「運動チック」を特徴とし、18歳未満に0.1~1%の割合で発症するといわれる神経発達障害です。特に音声チックが重篤な症例では、公共の場で大きなうなり声や吠え声を上げたり、汚言症(社会的に受け入れられない卑猥語(ひわいご)や罵倒語(ばとうご)の使用)が見られたりすることもあり、肉体的・精神的苦痛に加え、社会生活にも大きな影響を及ぼします。しかし、既存の治療法は必ずしも全ての患者に有効ではないため、新たな治療法開発のために音声チックを呈するモデル動物の作出及び発症の神経基盤の解明が急務でした。

研究手法と結果

 韓国脳科学研究所のケビン・マックケアン代表研究者を中心に筑波大学及び京都大学霊長類研究所の研究チームがモデル動物作出に取り組みました。研究チームはまず、様々な運動機能疾患と関係することがわかっている大脳基底核、特に発声に関わる前部帯状皮質と強い結合を持つ側坐核に着目し、マカクザルの当該部位の神経活動をビククリン※6と呼ばれる薬物で興奮状態にしました。すると、サルに異常な周期的発声が見られるようになり、音声チックの症状を再現することに成功しました(図1)。

音声チックの症状を呈するモデルザル
図1 音声チックの症状を呈するモデルザル
A:記録したサルの鳴き声の音声データ。周期的な発声が確認された。
B:拡大した鳴き声の音声データ。下段は1~3のタイミングでの発声中のサルの口元の写真。

 次に、このモデルザルのどの脳部位に異常が生じているのかをつきとめるため、放射線医学総合研究所の研究チームが協力して、脳全体の活動が計測可能なPET(陽電子放出断層撮影)を用いてモデルザルの脳活動を計測しました。その結果、前部帯状皮質や扁桃(へんとう)体※7など、発声や情動と深く関わる部位で脳活動が過剰に亢進していることを見出しました(図2)。

運動チックに比べて音声チック中に活動が過剰に亢進したモデルザルの脳部位
図2 運動チックに比べて音声チック中に活動が過剰に亢進したモデルザルの脳部位
前部帯状皮質(上)、扁桃体(下)で音声チック中に活動の過剰な亢進が見られる。

 さらに、関西医科大学及び理化学研究所の研究チームが加わり、PETで活動亢進が見られた側坐核と前部帯状皮質、及び発声運動に関わる一次運動野の神経活動を、電気生理学的手法を用いて詳細に解析しました。この実験により、正常なサルでは観察されない、3つの脳部位での顕著な同期活動を見出しました(図3)。特に重要な点は、この同期活動が発生するタイミングが、音声チックを発症するタイミングと一致していることです。これらのデータから、側坐核、前部帯状皮質、一次運動野の神経活動が同期することで、音声チックの症状が現れると考えられます。

モデルザルから記録した局所フィールド電位
図3 モデルザルから記録した局所フィールド電位
側坐核、前部帯状皮質、一次運動野から記録した局所フィールド電位ならびに音声チックの症状を示す顔面筋の活動と音声データ。3つの部位で周期的な活動異常が見られ、それと同じタイミングで音声チックが生じている(グレー)。

開発成果と今後の展望

 我々の研究チームは、トゥレット障害で見られる「音声チック」のモデル動物の作出に成功しました。さらに、音声チックが現れる脳のメカニズムが、側坐核、前部帯状皮質、一次運動野の神経活動の同期現象にあることを見出しました。ヒトと似た脳の構造を持つマカクザルを使ったモデルでの発症メカニズムが明らかとなったことで、トゥレット障害の患者の方々の治療法開発に進展が期待されます。治療法としては例えば、側坐核に対する脳深部刺激療法※8による神経活動の同期現象を抑えるような外科的処置が候補として上げられます。埋め込み電極による脳深部刺激療法はパーキンソン病の治療などで既に確立されており、同様の装置を用いた側坐核への電気刺激が音声チックの治療に結びつく可能性が考えられます。

 本研究は米国Tourette Syndrome Association、韓国未来創造科学部及び独立行政法人日本学術振興会最先端・次世代研究開発支援プログラムからの資金援助により、京都大学霊長類研究所の共同利用研究の一部として行われました。

用語解説

※1 出典

 Lombroso and Scahill, Brain Dev.(2008)

※2 側坐核

 前脳に存在する神経細胞の集団(神経核)。報酬、快感、嗜癖(しへき)、恐怖などに重要な役割を果たすと考えられている。

※3 PET

 陽電子断層撮像法(Positron Emission Tomography)の略称。ポジトロン(陽電子)を放出する放射性同位元素で標識した薬剤を生体内に投与することで、特定の分子の動きを生きたままの状態で画像化する技術。15Oを含む水(H215O)を投与することで、その脳内分布から脳活動に伴って局所的に脳血流量が変化した部位を断層画像として得る事ができる。

※4 前部帯状皮質

 霊長類でよく発達した前頭葉の内側部に位置する広範な領域を指す。いわゆる大脳辺縁系に属し、感情や学習、記憶に関係するとされる。また、発声に関する領野であることがマカクザルの生理学的研究で示されている。

※5 一次運動野

 自分の意志に基づく運動の発現に関わる大脳皮質の一部。運動指令を脳幹や脊髄へ出力する主要な拠点。一次運動野の局所と身体部位との間に規則正しい対応関係がある。

※6 ビククリン

 抑制性伝達物質GABAの受容体(GABAA受容体)の阻害剤。脳内局所に投与すると神経細胞への抑制入力が途絶え、興奮性の反応を引き起こす。

※7 扁桃体

 側頭葉の内側に存在するアーモンド形の神経核。情動反応の処理や記憶において主要な役割を持つ。

※8 脳深部刺激療法

 機能異常を起こしている患者の脳深部の神経核や繊維部に適切な電気的刺激を持続的に送りこむことによって症状の改善を図る治療法。日本ではパーキンソン病や振戦の治療に関して保険適応が認められている。

論文タイトルと研究グループメンバー

A primary role for nucleus accumbens and related limbic network in vocal tics
Neuron 89(2016)|DOI 10.1016/j.neuron.2015.12.025

  • 韓国脳科学研究所
    • Kevin W. McCairn 代表研究者
    • 二宮 太平 研究員
    • Ju Young Lee 技術員
  • 放射線医学総合研究所
    • 分子イメージング研究センター 分子神経イメージング研究プログラム
    • 永井 裕司 研究員、堀 由紀子 研究員、菊池 瑛理佳 技術員
    • 南本 敬史 チームリーダ
    • 須原 哲也 プログラムリーダー
  • 筑波大学
    松本 正幸 教授
  • 関西医科大学
    磯田 昌岐 准教授
  • 京都大学霊長類研究所
    高田 昌彦 教授
  • 理化学研究所 脳科学総合研究センター 象徴概念発達研究チーム
    入來 篤史チームリーダー

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