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量子生命・医学部門

世界最高速呼吸同期スキャニング照射による治療を開始

掲載日:2018年12月26日更新
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世界最高速呼吸同期スキャニング照射による治療を開始
-呼吸で動く胸部・腹部のがんを狙い撃ち-

平成27年4月16日
国立研究開発法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴)
重粒子医科学センター 鎌田 正 センター長

発表のポイント

  • 世界最高速3次元スキャニング照射
  • 世界初、動く部位でもリアルタイムに患部を直接観察しながら、がんを狙って均一な照射が可能
  • “より良く治す”重粒子線がん治療の適応範囲の拡大に期待

 国立研究開発法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴、以下、「放医研」)は、胸部や腹部の呼吸で動くがんに対する高速3次元スキャニング照射(以下、スキャニング照射)による重粒子線治療(臨床試験)を開始しました。腫瘍を塗りつぶすように重粒子線をあてるスキャニング照射には、腫瘍に線量を集中させ、周囲の正常組織への線量を低減できるという利点があります。しかし、治療適応症例の半数近くに上る呼吸性移動を伴う腫瘍に対しては、均一に重粒子線を集中させることが困難でした。そこで、呼吸性移動を伴う腫瘍にも重粒子線を精度良く均一にスキャニング照射できるよう、次の2つの技術を開発しました。

  1. 患部を直接観察して腫瘍の位置をリアルタイムに計算し、治療計画で設定した位置に腫瘍があるときに重粒子を照射する技術
  2. 重粒子線を高速で走査し、呼吸位相に合わせて腫瘍を重ね塗りする技術

 この照射技術によって、副作用の更なる低減、重粒子線治療適応症例のより一層の拡大、治療期間の更なる短縮による日帰り治療の実現が期待されます。

呼吸同期スキャニング照射について

 放医研では、加速器からの細いビームを腫瘍の形に合わせて塗りつぶすように照射する、スキャニング照射法(スキャニング照射で使用する照射装置、治療台の製造には株式会社東芝が協力)を開発しました(図1上)。スキャニング照射法は、複雑な形状の腫瘍でも正常組織を避けて集中的に重粒子線をあてることができるという利点がありますが、呼吸性移動を伴う腫瘍に対しては精度良く均一に照射することが難しく、従来の拡大ビーム照射法(図1下)による治療が行われていました。

従来の3次元スキャニング照射法拡大ビーム照射法
図1 従来の3次元スキャニング照射法(上図)と拡大ビーム照射法(下図)の概念図

そこで、呼吸性移動を伴う腫瘍に重粒子線を精度良く均一にスキャニング照射するため、次の2つの技術を開発しました。

(1)患部を直接観察して、治療計画で設定した位置に腫瘍があるときに重粒子線を照射する技術

 呼吸性移動を伴う腫瘍に対してスキャニング照射をより確実に行うには、呼吸位相に合わせて照射する必要があります。そこで、X線透視装置(図2、株式会社島津製作所製)により患部を直接観察して、呼吸のパターンを認識し、リアルタイムに腫瘍の位置を計算することにより、治療計画で設定した位置に腫瘍があるときには重粒子線の照射が可能となるが、それ以外のところにあるときは照射されないようにする技術を開発しました。(図3)

fig_02
図2 照射ポートとX線透視装置(放医研 新治療研究棟 治療室)
垂直照射ポート両側にX線検出器、床下にX線管が設置されています。
(DFPD:Dynamic Flat Panel Detectorの略。動画対応X線透視検出器)

fig_03
図3 X線透視画像による人体を模擬した模型での標的位置検出例
青色線が標的位置を示しています。黄色線内に青色線が含まれると、治療ビームが照射されます。
(DFPD:Dynamic Flat Panel Detectorの略。動画対応X線透視検出器)

(2)重粒子線を高速で走査し、腫瘍を重ね塗りする技術

 スキャニング照射では標的が呼気の位相にあるときにビームを照射しますが、ビームの走査速度が遅いと塗りつぶす最中に標的が動いてしまうため、重粒子線の当たり方が不均一になってしまいます。(図4a)。そこで、ビームの走査速度を呼吸周期に比べて十分に高速化することで、1回の呼気のタイミングで1つのスライスを8回程度重ね塗りすることにより、線量分布の均一性が担保できる照射技術を開発しました(図4b)。

fig_04
図4 呼吸性移動を模擬して移動する標的に対する3次元スキャニング照射の線量計算シミュレーション

 これらの開発した装置を用いて呼吸同期スキャニング照射の物理実験を行った結果、呼吸同期スキャニング照射の装置としての安定性、技術の確実性が確認されました。また、治療計画に基づいて、実際のリアルタイムX線透視動画を用いて行ったシミュレーションの結果からも、腫瘍に十分な線量が照射されており、そのほかの部位の線量は低く抑えられていることから、臨床上問題がないことが確認できました。

臨床試験について

 呼吸同期スキャニング照射の物理実験及び治療計画シミュレーションの結果、臨床上の問題がないことを受けて、呼吸性移動のある部位の2つの症例について治療を実施しました。
 1例目の肺がん患者の治療は、2015年3月4日に開始し、4回照射を行い、2015年3月10日に終了しました。2例目の肝臓がん患者の治療は、2015年3月10日に開始し、2回照射を行い、2015年3月11日に終了しました。更に胸部、腹部の症例で10例程度臨床試験を行い、皮膚の炎症等の早期副作用の程度や、短期間での腫瘍の縮小程度をみる局所一次効果が、従来の拡大ビーム照射法による治療と同等であることを確認する予定です。

今後の展開

 臨床試験によってこの照射法の安全性と効果の見極めができれば、既に実施している固定部領域の症例に、呼吸性移動を伴う症例が加わることになることから、ほぼすべての重粒子線治療適応症例にスキャニング照射が可能となります。
 コリメータやボーラスなどの治具が不要となるスキャニング照射では、治療開始までの期間の短縮だけでなく、正常組織を避けて照射することによる副作用の低減も期待できます。これらのことは、重粒子線がん治療が目指す、がんを“より良く治す”ことによる治療中及び治療後の生活の質(QOL)の向上につながります。
 また、放医研では、患者さんのさらなる負担軽減を目的として、金属マーカーを刺入せずに患部を観察して治療を行うマーカーレス呼吸同期スキャニング照射の普及を目指しています。そこで、今回の臨床試験では呼吸性移動を伴う腫瘍へのスキャニング照射の安全性と効果の確認に加えて、株式会社東芝並びに株式会社島津製作所との共同研究により開発した、X線透視装置を用いたマーカーレス呼吸同期法の適応を検証するため、この方法を用いて呼吸同期を行い、マーカーレス呼吸同期法により病巣の呼吸性移動を把握できることが確認できました。今後、動きが止まった時(呼気時)の腫瘍位置と照射位置の照合の精度をさらに検証していくことで、多くの患者さんにマーカーレス呼吸同期スキャニング照射が実施できると期待されます。

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