現在地
Home > 千葉地区共通情報 > 牛乳などに含まれるラクトフェリンに放射線防護効果を確認. 被ばく障害の安価な予防薬、治療薬として有望

千葉地区共通情報

牛乳などに含まれるラクトフェリンに放射線防護効果を確認. 被ばく障害の安価な予防薬、治療薬として有望

掲載日:2018年12月26日更新
印刷用ページを表示

概要

独立行政法人放射線医学総合研究所(米倉義晴 理事長)基盤技術センターの西村 義一 センター長らは、石巻専修大学(小林 陵二学長)理工学部生物生産工学科 角田 出教授、韓国水力原子力株式会社保健研究院(金鐘淳院長)の金煕善室長らと共同で、母乳や哺乳類の乳汁に多く含まれるラクトフェリンに放射線障害を防護する顕著な効果があることを、マウスを用いた実験で明らかにしました。

同研究グループは、これまで放射線障害を防護する薬剤の探索を進めてきました。放射線防護剤の多くは、被ばく前の投与で予防的な効果を示しますが、今回放射線防護効果の見出されたラクトフェリンは、放射線被ばく後に投与して有効な効果を示す治療用の薬剤としても注目されます。また、同剤は、通常の食品として流通しているものであり、安価であるばかりでなく経口剤や注射剤、坐剤などさまざまな形の薬品として使用できる利点を備えています。

放射線防護については多くの薬剤が報告されていますが、副作用を伴うものもあり、新たな薬剤開発、特に放射線被ばく後に投与して有効な効果が得られる薬剤の開発が待たれていました。今回確認されたラクトフェリンの効果は、新たな放射線障害治療薬剤の開発に繋がるものと期待され、放射線医学総合研究所は「抗放射線被ばく障害剤」として特許出願を完了しました。今後、同研究グループは、ラクトフェリンの投与方法、他の薬剤との併用効果、ならびに放射線防護機構の解明などに研究を発展させていきます。

今回の成果は、本年11月26日、東京国際フォーラムで開催された「第2回ラクトフェリンフォーラム」で紹介されました。

背景

医学をはじめとする様々な分野で放射線利用が欠かせなくなっている現在、被ばく線量の多少にかかわらず放射線障害のリスクを克服する抗放射線被ばく障害剤の開発に向けた研究は、社会の重要な課題となっています。特に、平成11年9月30日に発生した東海村のウラン加工工場における臨界事故以降、原子力関連業務従事者のリスクを軽減する薬剤の開発は、大きな注目を集めています。また、近年著しく進展している放射線治療の中にも、これに伴う副作用を軽減する薬剤を活用することにより、さらに効果的な治療が可能となるものもあります。しかし、放射線被ばくによる生体障害、副作用の予防や治療を目的とした抗放射線被ばく障害剤で実用化されている薬剤は、きわめて少ないのが現状です。

放射線医学総合研究所では、長年放射線防護剤の研究を進めており、これまでにエダラボン*1ニトロキシド類*2に放射線防護作用を見出しています。また本年3月には、伊古田 暢夫(放射線医学総合研究所 特別上席研究員)が「ミネラル含有熱処理酵母*3に放射線防護効果を確認」と題するプレス発表を行っています。

今回の研究開発では、さらに有効で入手しやすい放射線防護物質を探索する目的から、「牛乳の赤いたんぱく質」としてスウェーデンで発見され、通常の食品として流通しているラクトフェリンに着目し、放射線被ばく前後において障害を防護するきわめて顕著な効果があることを見出しました。

研究手法と成果

ラクトフェリンの放射線防護効果の確認実験

ラクトフェリンは、母乳や牛の乳汁(牛乳)に含まれるものが有名ですが、その他、ウマ、マウス、ラット、ヤギ等多くの哺乳動物の乳汁及び涙などの分泌物にも含まれています。また、これら天然に得られるラクトフェリンの他、遺伝子工学を用いた手法により得られたラクトフェリンも化学的組成が変わらないことから同様に使用可能です。研究グループは人工的に作成されたラクトフェリンを用い、その抗放射線被ばく障害作用を検証するために、以下の実験を行いました。

経口投与による実験

0.1%のラクトフェリン(株式会社森永乳業製)を含む完全精製飼料(AIN-93)を作成、またコントロール飼料としてラクトフェリンを加えないAIN-93飼料*4を調製しました。2つの飼料を用いてラクトフェリン投与群及びコントロール群の各群25匹の6週齢のC3H/Heマウス*5を、それぞれ1ヶ月間飼育しました。その後、これらのマウスに6.8Gy*6のX線を1回全身照射し、照射後、30日間の生存率を観察しました。なお、飼料はそれぞれ照射前と同じ飼料で飼育を続けました。結果を図1に示します。

ラクトフェリン添加飼料で飼育したマウスに6.8GyのX線を全身照射した後の生存曲線
【図1】ラクトフェリン添加飼料で飼育したマウスに6.8GyのX線を全身照射した後の生存曲線
照射後30日目の生存率は、コントロール群では62%であったのに対し、ラクトフェリン含有飼料を用いた群では85%と高い生存率を示した。

腹腔内投与による実験

さらに、6週齢のC3H/Heマウス(雄)52匹に、6.8GyのX線を全身照射しました。照射したマウスの26匹には、照射後直ちに生理食塩水で溶解したラクトフェリン、0.3ml(ラクトフェリン量は4mg/匹)を腹腔内投与し、残りの26匹はコントロールとしました。照射後、両群のマウスとも市販の固形飼料で飼育し、生存率を観察、この結果、照射30日後の生存率は、コントロール群が約50%であったのに対し、ラクトフェリン投与群では90%以上もの高い生存率を示しました。(図2)

6.8GyのX線を全身照射した後、ラクトフェリンを腹腔内投与した後の生存曲線
【図2】6.8GyのX線を全身照射した後、ラクトフェリンを腹腔内投与した後の生存曲線
放射線照射後にラクトフェリンを投与した場合にも、コントロール群と比較して生存率が大幅に上昇した。

ラクトフェリンの放射線防護効果に関する考察

ラクトフェリンがこのように高い放射線防護作用を示すメカニズムはまだ解明されていませんが、ラクトフェリンはヒドロキシラジカルのラジカルスカベンジャー*7であり、腸内細菌への作用等も関与していると考えられます。また、照射後のラクトフェリン腹腔内投与で生存率の上昇が観察されたことは、免疫系が大きく関与していることを示唆しています。

ラクトフェリンのラジカルスカベンジャー能

放射線被ばく障害は、基本的には放射線の電離作用によるDNA損傷に起因します。放射線は微量でもDNAを傷つけますが、生体にはそれを修復する機能が備わっています。しかし、大量の放射線による被ばくなど、何らかの原因でDNAが損傷したり、DNAの修復ができなくなったときに、細胞死や突然変異が起こり、様々な障害が現れてくると考えられます。

一般的に放射線抵抗性は抗酸化作用による活性酸素抑制および免疫機能の活性化により生ずるものと考えられています。生体の約70%は水分ですが、水に放射線があたるとフリーラジカル*8が発生します。放射線の生体に対する作用の多くは生体中の水の放射線分解によって生成する活性酸素やフリーラジカルによるものです。水の放射線照射により、スーパーオキシドアニオンラジカル(O2-)*9ヒドロキシラジカル(・OH)*10という二つのフリーラジカルが生成します。生体には活性酸素やフリーラジカルを消去し、生体膜の過酸化を防ぐ強力な化学的な防御機構が存在していますが、このフリーラジカルを消去させることが生命の維持に不可欠となっています。これらの障害から生体を防御するには、

  1. スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)やカタラーゼ*11のようにヒドロキシラジカルの発生源を阻止する
  2. 鉄や銅などの金属をトラップし、ヒドロキシラジカルの発生を阻止する
  3. 発生したヒドロキシラジカルをトラップして生体構成成分への障害を防ぐ

といったことが考えられます。ラクトフェリンにはスーパーオキシドに対する消去能は認められませんでしたが、ヒドロキシラジカルに対するラジカルスカベンジャー能を有することが明らかになりました。ラクトフェリンは鉄を含んでおり、ラクトフェリン含有飼料を与えたマウス群での放射線抵抗性のメカニズムとしては上記(2)の可能性が高いものと考えられます。

ラクトフェリンの腸内細菌増殖の抑制効果

照射後のマウスの腸内細菌数及び腸内細菌組成についても測定したところ、菌数及び菌組成における変化が観察されました。ここでは、照射後にコントロール群で腸内細菌数が増加したのに対し、ラクトフェリン投与群では菌数が減少する傾向が確認されました。特に、コントロール群では10日後に菌数が増加したのに対し、ラクトフェリン投与群では30日後に菌数増加が見られ、ラクトフェリン投与群では細菌の増殖が抑制されたことが確認されました。(図3)

マウスに5GyのX線を全身照射した後の腸内細菌数の変化
【図3】マウスに5GyのX線を全身照射した後の腸内細菌数の変化
腸内細菌数は対照群で照射後10日目に有意に増加した。ラクトフェリン投与は動物の免疫力活性を高めることが知られていることから、放射線照射により免疫力が低下した時期に腸内細菌を抑制するとともに有用菌数を増加し、いわゆる悪玉菌数を抑制したと考えられる。

放射線照射の影響として、骨髄や脾臓などの造血器官や肝臓などの細胞が傷付けられることによって誘引される敗血症や多臓器不全があります。ラクトフェリンを投与することによって、放射線照射により免疫機能が低下している期間に、腸内細菌の増殖が抑制されていることが、生存率の向上に寄与していることが考えられます。特に腸内細菌組成に関して、コントロール群では、いわゆる悪玉菌といわれる細菌の割合が増加したのに対して、ラクトフェリン投与群ではそれが見られませんでした。一方、善玉菌と言われる乳酸桿菌*12はコントロール群で減少しているのに対してラクトフェリン投与群では有意に増加しました。これらのことが生存率の向上に寄与していることが考えられます。

今後の展開

今後、研究グループは、ラクトフェリンを抗放射線被ばく薬剤として活用するために、ラクトフェリンの放射線防護機構の解明に注力していきます。また、投与方法、他の薬剤との併用効果を探索し、放射線治療や診断の現場において効果的に活用する予防薬、治療薬としての可能性を含めた研究に取り組んでいきます。

用語解説

*1)エダラボン

脳保護剤として臨床使用されている薬剤。

エダラボン

*2)ニトロキシド類

N-O・の構造を有し、ラジカル類と反応する化合物。

ニトロキシド類

*3)ミネラル含有熱処理酵母

金属塩等の形態で存在する金属元素を含んだ酵母類。ミネラル含有酵母は、酵母を培養する培地に硫酸亜鉛、グルコン酸銅、硫酸マンガン等の金属塩を添加して作られる。さらに、酵母以外の成分を遠心分離して除去し、加熱乾燥(110℃、3時間)して粉末状で得られる。

*4)AIN-93飼料

米国国立栄養研究所(American Institute of Nutrition, AIN)から1993年に公表された組成が完全にわかっている純化食。

*5)C3H/Heマウス

ヘアカラーが野生色のマウスの系統の一種。

C3H/Heマウス

*6)6.8Gy

C3H/Heマウスのおおよその半致死線量。

*7)ラジカルスカベンジャー

活性酸素やラジカルはDNAを損傷させ、がんなどの病気の原因になると考えられている。私たちの体には活性酸素やラジカルの毒性を消去する防衛システムが生まれながらに備わっているが、このラジカルの連鎖反応をとめる物質をラジカルスカベンジャーという。ビタミンC、ビタミンE、カロチノイド、茶やブドウのポリフェノール、ラズベリー抽出物等多くの天然ラジカルスカベンジャーの存在が知られている。

*8)フリーラジカル

2つの電子が入る分子軌道に1つの電子(不対電子)しか存在せず、不安定で反応性に富む物質。活性酸素の中で、スーパーオキシドアニオン(O2・-)、ヒドロキシルラジカル(OH)、ヒドロペルオキシルラジカル(HO2)はフリーラジカルである。

*9)スーパーオキシドアニオンラジカル(O2-)

活性酸素の中で、フリーラジカルに属する1種。いちじるしく化学反応をおこしやすい酸素を活性酸素とよび、スーパーオキシドアニオンラジカルはその代表的な1種。活性酸素には、不対電子をもつものが多く、フリーラジカルとよばれる。酸素は1電子還元を受けて、まずスーパーオキシドラジカルになり、さらに1電子還元を受け、水素イオンと反応すると過酸化水素になる。

*10)ヒドロキシルラジカル(・OH)

活性酸素の中で、フリーラジカルに属する1種。過酸化水素が、さらにもう1電子還元を受けると、ヒドロキシルラジカルになる。

*11)カタラーゼ

カタラーゼは,スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)やグルタチオンペルオキシダーゼと共に、活性酸素を除去するために働いている酵素であり、過酸化水素を酸素と水に変える反応を触媒する。

*12)乳酸桿菌(Lactobacillus)

グラム陽性の桿菌で、その発育は微好気ないし嫌気的条件で促進される。酸にはきわめて強く、増殖の至適pHは5.5~5.8程度と低い。腐敗産物をつくらず、最終産物である乳酸が食品に適した酸味を賦与すると同時に腐敗菌の生育を阻害するため、古くから、いろいろな発酵食品に利用されてきた。一般に非病原性であり、人やほ乳類の腸内にも広く存在する。

本件の問い合わせ先

独立行政法人 放射線医学総合研究所 広報室
Tel:043-206-3026
Fax:043-206-4062
E-mail:info@nirs.go.jp