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千葉地区共通情報

パーキンソン病類縁疾患にコリン神経系の障害が関与

掲載日:2018年12月26日更新
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パーキンソン病類縁疾患にコリン神経系の障害が関与
―パーキンソン病類縁疾患の治療に光―

平成22年6月17日
独立行政法人 放射線医学総合研究所(理事長:米倉 義晴)
分子イメージング研究センター 分子神経イメージング研究グループ
平野 成樹 客員協力研究員

本研究成果のポイント

  • 陽電子断層撮像(PET※1)装置と独自技術により開発したPETプローブ※2「[11C]MP4A」を用いた画像診断により、パーキンソン病と近い関係にある(類縁疾患)、大脳皮質基底核変性症※3と進行性核上性麻痺※4におけるコリン神経系の障害を明らかにした
  • 大脳皮質基底核変性症と進行性核上性麻痺において、コリン神経系の機能を調節する薬が症状の改善に有効である可能性を示した

独立行政法人放射線医学総合研究所(以下、放医研)分子イメージング研究センター※5平野成樹客員協力研究員らは、PET装置を用いた研究により、パーキンソン病の類縁疾患である大脳皮質基底核変性症と進行性核上性麻痺におけるコリン神経系の障害を明らかにしました。
今回研究グループでは、パーキンソン病とアルツハイマー病の類縁疾患3種類を対象に、[11C]MP4Aにてコリン神経系の機能の指標である脳内のアセチルコリンエステラーゼの活性を画像化しました。その結果、パーキンソン病の類縁疾患2種類についても、アルツハイマー病と同様にコリン神経系の障害が認知機能障害の原因の一部であることを明らかにしました。この成果により、脳内のコリン神経機能を調節する薬が、これら2種類の神経疾患の症状を改善する可能性を示しました。
本研究は放医研および千葉大学との共同研究による成果で、2010年6月16日、神経科学分野で著名な専門誌、オクスフォード・ジャーナルから発行される『Brain』オンライン版(論文タイトル:Cholinergic imaging in corticobasal syndrome, progressive supranuclear palsy and frontotemporal dementia.DOI:10.1093/brain/awq120)に掲載されます。

研究の背景と目的

高齢化社会では、様々な神経疾患の患者数が年々増加しており、その原因解明と治療法の確立が切望されています。認知機能が徐々に低下するアルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)では、アセチルコリンと呼ばれる神経伝達物質が関与する神経系(コリン神経系)の障害が想定されています。現在、唯一のアルツハイマー病治療薬としてコリン神経系を活性化する薬剤が広く用いられており、認知機能を改善することが報告されています。
神経変性疾患の1つであるパーキンソン病においても、歩行障害などの運動障害の他に認知症を伴うことが多くあります。最近、パーキンソン病においてもアルツハイマー病と同様に、脳内コリン神経系に障害があることが分かり、欧米ではコリン神経系の機能調節を行う薬をパーキンソン病の認知症状の治療に用いる研究がすすめられています。このように疾患の原因解明とともに治療法確立へ展開する一方で、病態が明らかにされていない神経疾患は未だに数多くあり、その治療法も確立していないのが現状です。
放医研は、独自技術により開発したPETプローブの[11C]MP4Aを用いて、「パーキンソン病では病初期より、認知機能の低下に関連して脳内アセチルコリンエステラーゼの活性が低下している」ことを示しました(平成21年8月27日、放医研プレスリリース※6)。この成果を元に、パーキンソン病と近い関係(類縁疾患)にある「大脳皮質基底核変性症」と「進行性核上性麻痺」、アルツハイマー病の類縁疾患である「前頭側頭型認知症※7」という3つの病気についても脳内コリン神経系の障害の有無を確認する研究を行いました。

研究手法と結果

大脳皮質基底核変性症患者7名、進行性核上性麻痺患者12名と、前頭側頭型認知症患者8名および健常対照者16名を対象に[11C]MP4Aを用いたPET画像診断を行い、コリン神経系の機能の指標である脳内のアセチルコリンエステラーゼ活性を測定しました(図1)。大脳皮質基底核変性症では大脳皮質においてアセチルコリンエステラーゼ活性の低下がアルツハイマー病と同程度認められ(図1上段)、その程度は認知機能障害の程度と相関していました。進行性核上性麻痺では大脳皮質の一部の他、脳の深いところにある視床においてアセチルコリンエステラーゼ活性の低下を認め(図1中段)、この病気の主な症状である転倒やバランスの障害などと関連していると考えられました。前頭側頭型認知症では脳内のアセチルコリンエステラーゼ活性の低下は認められませんでした(図1下段)。

大脳のアセチルコリンエステラーゼ活性が低下している部位(赤い部分はPETによる検査で得られた信号で、活性低下部位を示す)

図1 大脳のアセチルコリンエステラーゼ活性が低下している部位(赤い部分はPETによる検査で得られた信号で、活性低下部位を示す。脳の形態情報はMRIにより得られた画像)。
大脳皮質基底核変性症では主に大脳皮質で、進行性核上性麻痺では大脳皮質の一部と視床で活性の低下を認めた。

本研究成果と今後の展望

アセチルコリンエステラーゼ活性の低下はコリン神経系の障害を示します。PETによる画像診断の結果、大脳皮質基底核変性症と進行性核上性麻痺ではコリン神経系に障害があることを明らかにしました。この結果から、これらの神経疾患に対してもコリン神経系の機能を調節する薬が認知機能を改善する可能性があると考えられます。さらに、進行性核上性麻痺では視床においてもアセチルコリンエステラーゼ活性の低下が認められたことから、進行性核上性麻痺に特徴的に見られる転倒などの症状にコリン神経系の機能を調節する薬が効くことが期待されます。他方、脳内のアセチルコリンエステラーゼ活性の低下が見られなかった前頭側頭型認知症では、アセチルコリン神経以外の神経の障害によって認知症が引き起こされることが分かりました。
今後、大脳皮質基底核変性症と進行性核上性麻痺に関しては、コリン神経系の機能を調節する薬の開発を進めることで治療の道が開けることが期待できます。また、前頭側頭型認知症は、アセチルコリン神経以外の神経の障害に着目した研究を進める必要があります。
CT(コンピューター断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像法)による検査では、脳の構造などの形態情報が得られます。しかし形態異常の有無だけでは、機能の異常を知ることは出来ません。今回の成果は、PET検査によりコリン神経系の機能を画像化することで異常の有無を検知できた成功例です。今回用いた診断法を治療法が確立していない神経疾患に応用し、特定の神経系の機能調節が症状の改善に結びつくことが予想されれば、治療薬の開発戦略が広がり、多くの患者を救えることが期待されます。放医研では、これまでにも様々なPETプローブを用いることで、様々な神経系の異常の検知や治療薬の効果予測を報告してきました。今後は認知症等の症状の発現に関わる神経系の異常や、病的分子の脳への蓄積を早期に検出できる多様な分子プローブの開発と早期の臨床研究を通じて、精神・神経疾患の早期診断や治療法の開発に大学や製薬企業とも連携して進めていきます。

用語解説

※1 PET

Positron emission tomographyの略称で、陽電子断層撮像法のこと。陽電子断層撮像(PET)装置は、画像診断装置の一種で陽電子を検出することにより様々な病態や生体内物質の挙動をコンピューター処理によって画像化する技術。

※2 PETプローブ

陽電子断層撮像(PET)装置を用いて画像診断を行うために必要な放射性薬剤(放射性同位元素で標識された化合物)のうち、腫瘍や精神・神経疾患の診断・検査等で用いられるものを指す。測定したい機能の種類に応じて適切なPETプローブを選択するが、本研究では[11C]MP4Aを用いている。

※3 大脳皮質基底核変性症

左右非対称の運動障害や高次機能障害が慢性に進行するパーキンソン病類縁疾患で、抗パーキンソン病薬は奏効しないことが多い。

※4 進行性核上性麻痺

眼球運動障害、左右対称性の運動障害、前頭葉機能障害を認め、転倒を繰り返すパーキンソン病類縁疾患で、抗パーキンソン病薬は効かないことが多い。

※5 分子イメージング

生体内で起こるさまざまな生命現象を外部から分子レベルで捉えて画像化することであり、生命の統合的理解を深める新しいライフサイエンス研究分野。体の中の現象を、分子レベルで、しかも対象が生きたままの状態で調べることができる。がん細胞の状態や特徴を生きたまま調べることができるため、がんができる仕組みの解明や早期発見を可能とする新しい診断法や画期的な治療法を確立するための手段として期待されている。

※6 陽電子断層撮影装置による脳機能研究

パーキンソン病における認知機能障害の原因解明に進歩
~パーキンソン病では病初期より認知症に関与する神経障害がある~
https://www.qst.go.jp/site/qms/1668.html

※7 前頭側頭型認知症

性格変化や感情障害、行動異常を呈する認知症で、前頭葉と側頭葉が徐々にやせていく。有効な治療薬は現在のところない。

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