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千葉地区共通情報

ラット胸腺細胞を用いた迅速簡便な放射線防護剤スクリーニング法の確立に成功

掲載日:2018年12月26日更新
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ラット胸腺細胞を用いた迅速簡便な放射線防護剤スクリーニング法の確立に成功
-放射線療法時の放射線防護剤開発を加速-

2012年6月4日10時
独立行政法人 放射線医学総合研究所

本成果のポイント

  • 放射線防護剤をスクリーニングする新しい方法の開発に成功(特願2012-72619)
  • 新規放射線防護剤開発、がんの放射線療法の副作用を効果的・効率的に緩和するための研究を行う際にネックとなっていたスクリーニングが迅速簡便にできるようになった(従来の方法と比較し時間、コスト共に半分以下)。
  • 放射線防護剤以外の新薬開発や新規化合物の毒性判定への応用も可能。

 放射線がん治療は、近年、日本でも増加傾向にあります。がん周囲の正常組織の炎症など、放射線による副作用を効果的、効率的に予防できれば、更に放射線治療の普及が進むものと期待され、正常組織を放射線から防護できる効果的な放射線防護剤※1の開発は放射線治療の高度化に重要であると考えられます。しかし、放射線防護剤の従来のスクリーニング※2の方法は、時間や手間、費用がかかるという問題があり、開発の大きな阻害要因となっていました。
 独立行政法人放射線医学総合研究所(以下「放医研」)重粒子医科学センター国際重粒子医科学研究プログラム(村上健プログラムリーダー)の関根(鈴木)絵美子研究員らは、高線量の放射線をラット胸腺※3細胞に当てると細胞死が誘導されて細胞サイズが縮小する現象を利用して、放射線防護効果を迅速・簡便・低コストでスクリーニングできるアッセイ法を確立しました。新たな新規化合物の生物効果を判定する手法である本法は、新薬等の毒性判定等に一般的に使われるその他の手法と比較して時間もコストも半分以下であり、放射線防護剤開発のみならずその他の新薬開発や新規化合物の毒性判定にも応用が期待されます。本法は、「スクリーニング方法、スクリーニングキット、および解析プログラム」として、平成24年3月27日に特許出願(特願2012-72619)され、平成24年6月7日-8日に徳島県で開催される「第65回日本酸化ストレス学会」で発表されます。

研究の背景と目的

 放射線がん治療は欧米では既にがん治療の第一選択肢となっており、近年、日本でも放射線がん治療が増える傾向にあります。がん周囲の正常組織の炎症など放射線による副作用を効果的、効率的に予防できれば、更に放射線治療の普及が進むと期待されており、正常組織を放射線から防護できる効果的な放射線防護剤の開発は放射線治療の高度化に重要であると考えられます。
 放射線防護剤の研究はこれまでにも多数行われてきましたが、副作用が強いことなどから実際に臨床現場で応用されているものはほとんどありません。その候補化合物は多く存在しますが、従来の放射線防護効果の評価法では、評価に必要な化合物の量が多い、試験期間が比較的長い、実験操作が煩雑である、コストがかかる、技術習得まで時間がかかるといった問題点の一つ以上を有していたため、多種類の化合物のスクリーニングには不向きでした(表1)。そこで我々は、これらの問題点を全て解決できる手法を開発することを目的として新しいスクリーニング法を確立しました(特願2012-72619“スクリーニング方法、スクリーニングキット、および解析プログラム”2012年3月27日特許出願)。本法は、放射線でラット胸腺細胞に細胞死が誘導されて細胞サイズが縮小する現象を利用して、対象化合物の放射線防護効果を判定できるスクリーニング法です。そして、従来法と比べて非常に時間と経費を抑えたアッセイであり、新薬等の毒性判定等に一般的に使われるコメットアッセイ※4やMTTアッセイ※5と比較して時間もコストも半分以下となります。本法を初期的なスクリーニングとして用い、その結果を基に従来の方法を併せて検討することで、新薬開発の加速化が期待されます。

研究の手法と結果

 ラットから摘出した胸腺細胞を10%ウシ胎児血清添加RPMI1640培地に懸濁し実験に使用します(ラット1匹から2,000~20,000試料を試験できる大量の胸腺細胞が得られます)。この胸腺細胞にX線を照射し数時間培養すると、胸腺細胞の縮小、核の濃縮が観察されます。ここで、染色することなく、細胞の大きさをフローサイトメトリー※6やセルカウンターで検出する点が簡便化の一つといえます。また、培養細胞株等のように細胞が断片化してできるアポトーシス※7小体を形成するのではなく、細胞が断片化せず凝縮する性質を利用することで、死細胞の割合を正確に検出する事が可能になります。胸腺細胞は感受性の高い正常細胞でありこのような反応が数時間で起こるので、細胞の縮小が一定して起こる初期の反応に注目することで、短時間での測定・評価が可能となりました。また、培養細胞株と違い継代中の性質の変化がなく、摘出した胸腺細胞の細胞周期がそろっていることにより細胞周期の依存性の問題がないため、精度が良く再現性の高いスタンダードな方法として使えます。
 図1は実際のスクリーニング結果を説明するグラフで、横軸が細胞サイズを、縦軸が細胞数を示しています。この実施例では、(A)未処理の胸腺細胞(非照射、薬剤添加無のコントロール)、(B)X線2Gyの照射、(C)カテキン誘導体※81mMの添加、(D)カテキン誘導体1mMの事前添加とX線2Gyの照射を行いました。X線2Gyは一般的な放射線治療で、照射を何日かに分割した場合に1日に照射する量です。処理後直ちに5%CO2存在下で37℃で4時間培養し、細胞サイズをフローサイトメトリーの一種であるFACSCalibur(BD社製)で測定しました。本実施例において生細胞ピーク位置をL(L1~L4)、死細胞ピーク位置をA(A1~A4)と表示しています。図1(A)の未処理細胞では、細胞の大きさのピークは400付近、(B)のX線2Gyを照射した細胞では、大きさのピークは200付近となっています。この結果により、胸腺細胞に2Gyの放射線を照射すると、細胞が凝縮し、細胞サイズがおよそ半分になることが分かります。(D)はカテキン誘導体1mMを事前投与して(B)と同じ処理をした胸腺細胞ですが、(B)とは違い、ピークが400付近(生細胞ピーク位置L4)のままであり、カテキン誘導体の放射線防護効果を示唆していることが分かります。

カテキン誘導体の放射線防護作用を確認した実験
図1 カテキン誘導体の放射線防護作用を確認した実験

本研究成果と今後の展望

 本法は放射線のみならず、胸腺細胞に細胞死を誘導するような細胞障害性因子であれば判定が可能であるため、新薬や新規化合物の毒性判定においても利用できます。本法により、放射線防護剤以外にも放射線増感剤、薬剤の毒性、薬剤の使用条件(薬剤濃度、投与形態)等もスクリーニングできます。本スクリーニング法は、全工程における実験操作が容易であり、明瞭で再現性が高く精度の良い客観的な結果を短期間で安価に得ることができ、非常に効率的なアッセイです。また、一般的な大学・研究施設等で所有しているフローサイトメトリー等を用いて測定できるため、本法は、多くの研究現場でコストをかけずに利用することができます。本特許は、本法のプロトコールに加え、スクリーニング法を容易にするキット、解析プログラム、解析方法と併せて出願中です。
 我々は、より多くの放射線を患部に照射することで、がん組織に対する治療効果を向上させ、総合的にがん治療を高度化することを目指しています。その一環としてがん組織の周りにある正常組織が放射線によって障害を起こすのを防止する放射線防護剤に着目し、候補化合物となりうる種々の新規抗酸化物質※9を、天然抗酸化物質を化学修飾することにより開発してきました。今後は、これらの化合物に対し、上記のスクリーニング法を用いて放射線防護効果の評価を行うとともに、各化合物の化学構造に基づく機能解析および分類、構造活性相関を検討し、有効性が高く臨床応用可能な新しい放射線防護剤を開発していきます。

 この発明は放医研重粒子医科学センター先端粒子線生物研究プログラム(今井高志プログラムリーダー)の松本謙一郎チームリーダー、下川卓志チームリーダー、中西郁夫主任研究員、上野恵美准研究員、日本薬科大学物理系薬学分野の安西和紀教授らとの共同研究による成果です。

用語解説

※1 放射線防護剤

 正常組織を放射線から防護し、放射線による障害を軽減・緩和するような効果を持つ薬剤のこと

※2 スクリーニング

 多数の候補化合物(化合物ライブラリー)を対象とし、薬効・活性を示すものを探し出すこと

※3 胸腺

 胸腺(Thymus)は胸腔に存在し、T細胞の分化や成熟など免疫系に関与する臓器。生体内の中でも、比較的、薬剤や放射線に対して感受性の高い臓器の一つ

※4 コメットアッセイ

 放射線照射または薬剤添加等により起こるDNAの切断片を、電気泳動によりアガロースゲル中でDNAを移動させ、顕微鏡下で観察し、彗星(コメット)のように見える尾の長さとして検出する方法

※5 MTTアッセイ

 細胞内に取り込まれミトコンドリアにより還元された試薬MTT(3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyltetrazolium bromide)の吸光度によってミトコンドリア酵素活性として細胞の増殖率および生存率を測定する方法

※6 フローサイトメトリー(Flow cytometry)

 短時間に多量の細胞を1個ずつ定量測定する統計的精度の高い細胞測定法、またはその測定装置のこと

※7 アポトーシス

 細胞の死に方の一種であり、細胞障害性因子等により引き起こされるなど色々な仕組みで制御されています。

※8 カテキン誘導体

 カテキンはお茶の渋みの成分で、抗酸化作用を持つ天然抗酸化物質です。本実施例で用いた誘導体は、このカテキンを化学修飾することにより、当研究室で新規に設計・合成したものであり、通常のお茶などには含まれません。本実施例で用いたカテキン誘導体は、国立医薬品食品衛生研究所有機化学部の福原潔室長と共同で設計・合成しました。

※9 抗酸化物質

 生体内において活性酸素が関与する有害な反応を減弱もしくは除去する能力をもつ化学物質の総称。具体的には本実施例で用いているカテキンの他、ビタミンC、Eやグルタチオンなどが抗酸化物質として知られています。

表1 今回開発された方法と従来の方法の比較

アッセイ名 操作内容 実験期間 一度に検討できる試料数 操作工程 コスト要因と実際のコスト その他
今回のアッセイ法 細胞の大きさを自動測定し、細胞死を起こしている細胞の割合を調べる 1日 通常200試料(自動化しない場合) 簡単 特にコストのかかる試薬等は不要。ラット1匹約2000円程度 装置で細胞の大きさを自動測定するので簡単かつ客観的に評価できるため、スクリーニングに向いている。
コメットアッセイ法 処理により生じたDNAの切断片を、彗星のように見える尾の長さとして検出する 2日程度 数試料程度 煩雑 専用のゲルや試薬等。約40000円/50試料 DNAを切断する毒性を直接的に測定できる新薬等の毒性判定等において利用されている一般的な手法である。
MTTアッセイ法 試薬の吸光度で細胞の増殖率を測定する 3日から14日 多種の試料が扱える 簡単 操作を容易にするためのキットなどの試薬が必要。約5000円/100試料 新薬等の毒性判定等において利用されている。
細胞増殖で判断しているため、細胞が増殖する期間の観察が必要。
実験動物の生存率測定 実験動物に放射線照射や試料投与を行い、その後の実験動物の生存率を計測する 20日から30日 1試料程度 煩雑 数十匹の動物個体が必要であり、また飼育にかかる費用が必要。約80000円*/検討 生体への効果を実際に測定できるため、より臨床に近い条件である。
個体差の影響が大きく、動物に投与するため必要な試料の量が多い。
動物飼育施設が必要。
サバイバルアッセイ法 細胞の増殖死を定量するコロニー形成法等。細胞の増殖により、シャーレ上に形成される細胞塊(コロニー)を計測する 数週間程度 数試料程度 煩雑 数週間細胞を維持するためのコストとスペースが必要 細胞への放射線影響評価に一般的に用いられており、多様な細胞での増殖への影響を評価するのに優れている。
細胞の増殖死で判断しているため、細胞がコロニーを形成する期間の培養が必要。
トリパンブルー染色法 色素で細胞を染色し、血球計数板等で死細胞を数えることで細胞障害性を検出する 数日程度 数試料程度 簡単 特にコストのかかる試薬等は不要 非常に簡便に毒性測定ができる。試料数が多い場合は観察者への負担が大きい。機械で測定すると、専用の高価なスライド等が必要。

*:8万円の根拠:マウスを使用した場合1匹2000円程度。コントロール、試料のみ、放射線のみ、試料と放射線の4群比較で、1群n=10として、2000円×40匹=80000円。

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