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千葉地区共通情報

放射性セシウムを可視化する“特性X線カメラ”の開発に成功

掲載日:2018年12月26日更新
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放射性セシウムを可視化する“特性X線カメラ”の開発に成功
-低価格な放射性セシウム可視化カメラ-

2014年1月23日
独立行政法人 放射線医学総合研究所

本研究成果のポイント

  • 放射性セシウム(Cs-137、Cs-134)を特性X線により可視化する新しいカメラの技術開発
  • 価格は、従来品の1/2~1/6の500万円以下と大幅なコストダウンに成功
  • 除染作業の効率化や原子炉廃止措置等における汚染管理等に貢献

 独立行政法人放射線医学総合研究所(以下、放医研)研究基盤センターの小林進悟研究員らの研究チームは、放射性セシウムを可視化するカメラ“特性X線カメラ”の開発に成功しました。
 東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故により環境中に放出された放射性セシウム等の除染の効率化や、原子炉廃止措置等における放射性物質の分布の把握には、ガンマカメラ※1やコンプトンカメラ※2などで放射性物質を可視化することが有効な方法のひとつと考えられています。カメラが広く普及するように、放医研では、従来と比べ大幅に低価格で、重量や感度に対しては少なくとも従来と同程度の性能をもつカメラをコンセプトにし、放射性セシウムを可視化するカメラの研究を進めてきました。そこで、放射性セシウムが発する微弱な特性X線※3を高感度で検出し可視化する新しい技術を確立し、特性X線カメラの試作機を完成させました。
 試作機は重量が6.6kgで、現在除染に使用されているカメラ(約10kg以上)に比べて軽量化できました。また、感度は、従来と同程度以上の性能を持ちます。一方で、従来のカメラは1000~3000万円でしたが、特性X線カメラは大幅なコストダウンに成功し、500万円以下を見込んでいます。
 特性X線カメラの基本技術は2013年11月に特許登録(特許第5400988号)され、研究成果は応用物理学会・放射線分科会並びに電気学会・原子力技術委員会で共催される研究会「放射線検出器とその応用」(1月28日-30日)で発表する予定です。また、1月24日(金曜日)の午後0:30に放医研研修棟で、この試作機のデモを行います。

背景と目標

 東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故(以下、東京電力福島第一原発事故)による放射性物質は福島県および周辺の地域に飛散し、現在でも除染作業が続けられています。また、東京電力株式会社福島第一原子力発電所の原子炉廃止措置では放射性物質による汚染を厳重に管理し、作業を進める必要があります。除染作業や汚染管理において、放射性物質の存在を可視化できるカメラは、放射性セシウムの分布状況を把握するための有効な装置のひとつと考えられています。これまで様々なメーカー・研究機関・大学等において放射性物質を可視化するガンマカメラやコンプトンカメラといった装置の開発が進められ、一部販売もされてきました。

 放射性セシウム(Cs-137、Cs-134)はガンマ線を放出しますが、ガンマカメラやコンプトンカメラはこのガンマ線を検出することで放射性セシウムを可視化しています。ガンマ線は物体を通り抜ける力が強く、検出器に反応せずに透過し、検出されないこともあることから、検出素子を厚くして透過力の高いガンマ線を捉える必要があります。さらに、視野以外の方向から飛び込んでくるガンマ線を遮ることも必要ですが、鉛などの重い材料を遮蔽材として使用しなければならず、感度の高いガンマカメラは必ず重くなるという欠点がありました。東京電力福島第一原発事故以前から販売されているガンマカメラは一般的に15kg前後と重い装置ですが、現地で実用的な感度を得るためには遮へい材を厚くしなければならず、さらに重くなるため(~30kg)、持ち運びには問題があります。また、重量を増やさずに感度を上げる方法として古くからコンプトン散乱現象を利用したコンプトンカメラの研究開発が進められてきましたが、コンプトンカメラは仕組みが複雑なため、実用的な検出素子を製作するとコストの増大を招くという問題があります。以上から、放射性セシウムを可視化することができ、軽量で十分な感度を持ち、さらに低価格といった3つの特徴を兼ね備えたカメラを実現するのは困難でした。

 放医研は、福島県を中心とした現地で様々な活動をしてまいりましたが、その経験から現地に広く普及するような軽量で、十分な感度を持ち、低価格といった3つの特徴を備えた放射性物質を可視化するカメラを開発することが重要であると認識しました。そこで、これまでのガンマカメラやコンプトンカメラの欠点を克服した“第3のカメラ”である特性X線カメラの開発に着手し、現地の方々や大学関係者と共に開発を進めてまいりました。

特性X線カメラの動作原理

 ガンマカメラやコンプトンカメラは、ガンマ線を検出して放射性セシウムを可視化します。一方で、今回開発した特性X線カメラは、ガンマ線の代わりに、放射性セシウムが放出する特性X線※3を検出することで可視化します。Cs-137、Cs-134は多くはエネルギーが600-800キロ電子ボルト(以下keV)のガンマ線を放出しますが、32keVの特性X線も放出しています。この特性X線はガンマ線と比べると放出量はわずかですが、ガンマ線に比べてエネルギーが低いため、容易に検出したり遮へいしたりできる点に着目しました。
 特性X線を検出できる検出素子を厚さ数ミリメートルのステンレス等の遮へい材で囲うことでピンホールカメラ※4を構成したのが特性X線カメラです(図1左)。特性X線カメラの特徴は、放射性セシウムからのガンマ線はカメラを透過するようにして、特性X線に対してのみピンホールカメラとして作用するように設計されている点です。このため、ガンマカメラ(図1右)のように厚く重い遮へい体や検出素子が必要ないため軽量になり、特性X線だけを捉えて放射性セシウムを可視化できます。

特性X線カメラとガンマカメラの原理の模式図
図1 特性X線カメラとガンマカメラの原理の模式図

 特性X線カメラとガンマカメラは、遮へい材の前面に開けられた穴(ピンホール)を通過した放射線を検出し可視化を行うピンホールカメラです。ガンマカメラの遮へい材と検出素子は、透過力の高いガンマ線を吸収するように設計されるため、重くなります。一方で、特性X線カメラの検出素子および遮へい材は、特性X線を吸収し、ガンマ線は透過するように設計されています。特性X線は透過力が弱いために、遮へい材および検出素子は薄くてすむため、特性X線カメラは軽量になります。

 また、放射性セシウムの特性X線(32keV)を高い効率で検出できる検出素子は容易に手に入ります。遮へい材と同様、検出素子の種類選択及び厚さや大きさ・形状を最適化することで、特性X線を90%以上の効率で検出し、ガンマ線への感度は1%以下となるようにしました。これにより、放射性セシウムに高い感度をもつカメラが製作できました。

 試作機(図2)の大きさは225mmx175mmx242mmであり、重量は6.6kg(本体のみ)で、現在除染で使用されているガンマカメラよりも同程度以上に小型・軽量であり、後述のとおりバックグランドと同程度の空間線量率を与える線源であれば5秒前後で識別できる十分な感度を有します。さらに、今回開発した試作機は高価な半導体素子を使用せず、入手が容易で比較的安価なシンチレータ※5と光電子増倍管※6を用いることで低コスト化を図り、販売価格は、従来のガンマカメラ、コンプトンカメラが1000~3000万円であるのに対し、500万円以下になると見込んでいます。

特性X線カメラの試作機と操作用タブレットPC
図2 特性X線カメラの試作機と操作用タブレットPC

実証試験と開発成果

 放射線管理区域内(空間線量率0.07μSv/h)において、試験用のCs-137の密封線源(1MBq)を特性X線カメラから約1.3mの距離においた場合、特性X線カメラがある位置ではサーベイメータで測定すると空間線量率が約0.05μSv/h増加し0.12μSv/hになりました。つまり、放射線管理区域内の空間線量率(0.07μSv/h)と密封線源が与える線量(0.05μSv/h)はほぼ同じ大きさです。この条件において5秒間露光したものが図3であり、この条件下では5秒前後で密封線源の方向が探知可能であることが示されています。さらに図3では、特性X線カメラの操作パネルを示しています。カメラを使用する人の使いやすさを考慮して、タブレットPCのタッチパネルから特性X線カメラを操作できるソフトウェアの開発も進めています。タッチパネル上から、カメラ撮影と保存、放射性物質の分布状況の確認、X線エネルギー情報を確認することができます。

密封線源の撮像結果(タブレットPCの画面)
図3 密封線源の撮像結果(タブレットPCの画面)

 これまでの性能評価から現地の居住制限区域(空間線量率3.8-9.5μSv/h)において、直径1.5mにわたり周囲よりも10倍の放射性セシウムが蓄積している場所を、特性X線カメラは3mの距離から10分以内に計測が可能と予測しています。従って、ホットスポットの除染の前後での効果の確認に使用すれば有用であると考えています。例えば、放医研が開発に携わった高速ホットスポットモニタ(R-eye)※7によりホットスポットを探索し、特性X線カメラによりホットスポットの可視化と除染後の確認を行うことができると期待しています。また、原子炉廃止措置において作業で生じるがれきの汚染確認や作業現場での汚染管理に使用できるものと考えています。

今後の展望

 今後、試作機の製品化に向けて、必要な技術を確立し、データ解析方法を改善してさらに感度を向上させ、現地での試験を重ねてゆく予定です。

用語解説

※1 ガンマカメラ

 放射性物質には高エネルギーの電磁波であるガンマ線を放出するものがあります。ガンマ線のエネルギーは、同じ電磁波である可視光の概ね10万倍~100万倍ほどです。このガンマ線を捉えて可視化するのがガンマカメラです。従って、ガンマカメラはガンマ線を放出する放射性物質を撮像することができます。
 ガンマカメラは、ガンマ線に感度がある半導体やシンチレータ※5を撮像素子として用い、撮像素子の周りを遮へい材で囲むことでピンホールカメラ※4としたものです。通常のデジタルカメラの撮像素子やフィルム式カメラのフィルムは、レンズを通った光にだけ感光するようにカメラの中で遮光されていますが、同じようにガンマカメラもピンホールを通ったガンマ線だけに反応するように撮像素子を遮へいしています。ガンマ線はエネルギーが高く、物質を透過する力が強いため、遮へい材は鉛などの物質で作られ、厚さは数センチメートルになります。このためガンマカメラの重量は一般的に重くなります。

※2 コンプトンカメラ

 コンプトンカメラはガンマカメラ※1と同じようにガンマ線を捉えて可視化するカメラですが、仕組みが異なります。ガンマカメラの撮像素子はガンマ線の強度しか測定できません。ところが写真をとるためにはガンマ線がどの方向からやってきたかという到来方向の情報が必要なため、ガンマカメラは、ピンホールカメラ※4を構成することでガンマ線の到来方向の情報を得ています。一方で、コンプトンカメラの撮像素子はガンマ線の強度に加えて、ガンマ線の到来方向も測定できるようになっています。ひとつのガンマ線が撮像素子に当たるたびに、ガンマ線の到来方向を計算しています。コンプトンカメラの利点の1つは、撮像素子でガンマ線の到来方向を測定してしまうので、ガンマカメラでは必要だったピンホールや重量のある遮へい材が不要になることです。このため、コンプトンカメラはガンマカメラよりも軽量になります。一方でコンプトンカメラの撮像素子はガンマカメラと比べて複雑なものとなってしまいます。

※3 特性X線

 特性X線とは一般的に何らかの理由で原子が励起した後、再び元の状態に戻るときに原子から発せられるX線のことをさし、X線のエネルギーはその原子の種類に特有なエネルギーを持ちます。放射性物質であるセシウム137は、ガンマ線・ベータ線を放出しながら最終的に安定なバリウム137になりますが、まれにバリウム原子が励起した状態を経ることがあります。この励起したバリウム原子から32keVの特性X線が発生します。

※4 ピンホールカメラ

 ピンホールカメラは、箱の中の片側に撮像素子(例えば、写真フィルム)を設置し、反対側に小さな穴(ピンホール)をあけることで構成できます。この時、箱はピンホール以外から光が撮像素子に入り込まないようにするための遮へい材として働いています。写真を撮るということは、光がどの方向から、どのような強度でカメラまで到達しているのかを知ることでありますが、前者はピンホールの位置と撮像素子が感光した位置を、後者は撮像素子が感光した光の量を測定することで、実現できます。
 このような可視光のピンホールカメラと同様にして、ガンマ線を遮る箱とガンマ線に感度のある撮像素子を使えば、ガンマ線で撮像ができ、特性X線に関しても同様となります。

ピンホールカメラの画像

※5 シンチレータ

 放射線が物質に衝突すると放射線のもつエネルギーの一部は物質に移動します。この移動したエネルギーを源として、紫外線や可視光線を放出するように成分を調整した物質がシンチレータと呼ばれるものです。ヨウ化ナトリウムに微量のタリウムを混ぜたNaI(Tl)は代表的なシンチレータです。特性X線カメラは、特性X線への感度やコストを考慮して、ヨウ化セシウムに微量のタリウムを混ぜたCsI(Tl)シンチレータを検出素子として採用しています。

※6 光電子増倍管

 物質に光があたると電子が放出する現象は光電効果として知られていますが、光電子増倍管はこの光電効果を利用した光センサです。光電子増倍管に光があたると光の強さに比例して、出力される電子の数が変化するため、逆にこの電子の数、すなわち電気信号の大きさを測定することで光の強さを知ることができます。また、光電子増倍管は微弱な光を測定できるように光電効果で生じた電子の個数を増やし大きな電気信号を得るための仕組みを有しています。シンチレータ結晶に光電子増倍管を取り付けると放射線検出器となり、放射線がシンチレータに吸収されたときに発生する光の信号を光電子増倍管で電気信号に変換し増倍することで放射線を検出します。

※7 高速ホットスポットモニター(R-eye)

従来のサーベイメータは正確な値を求めるために10秒から30秒にわたり測定器を静止させておく必要がありましたが、サーベイメータを移動させながらでも静止させたときと同様に値を求めることが出来る予測応答原理に基づいた新しいサーベイメータが開発されました。この予測応答原理を用いたサーベイメータを搭載した高速ホットスポットモニター(R-eye)は広い面積を短時間で測定でき、除染作業を効果的、効率的に行うことが可能となります。下記に詳しい説明があります。
高速ホットスポットモニター“R-eye”の開発に成功-測定を点から面で行うことが可能に-
放医研プレスリリース(2013年11月21日17時)
高速ホットスポットモニター“R-eye”の開発に成功-測定を点から面で行うことが可能に-

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