現在地
Home > 千葉地区共通情報 > 高精細なMRI画像でわずか1ミリの中皮腫の検出に成功

千葉地区共通情報

高精細なMRI画像でわずか1ミリの中皮腫の検出に成功

掲載日:2018年12月26日更新
印刷用ページを表示

高精細なMRI画像でわずか1ミリの中皮腫の検出に成功
― 今まで検出が難しかった極小サイズの中皮腫検出も可能に ―

2010年7月9日
独立行政法人 放射線医学総合研究所(理事長:米倉 義晴)
分子イメージング研究センター 分子病態イメージング研究グループ
長谷川 純崇 主任研究員

本研究成果のポイント

  • ヒトの中皮腫※1細胞内で大量に発現するタンパク質の一種、「マンガンスーパーオキシドディスムターゼ(Mn-SOD)※2」に着目。磁気共鳴画像法(MRI)※3により、このタンパク質を検出し、マウス胸腔内にある1ミリ前後の中皮腫を高精細に画像化することに世界で初めて成功した。
  • 日本およびアジア諸国においては、今後、中皮腫患者が増加することが予測されていることから、マンガン系造影剤を用いた中皮腫の早期診断技術の実用化を目指す。

独立行政法人 放射線医学総合研究所(以下、放医研)分子イメージング研究センター※4長谷川純崇 主任研究員らは、MRIにより、マウス胸腔内にある1ミリ前後の中皮腫を検出することに成功しました。
アスベストが原因で発症する悪性中皮腫は大きな社会問題になっていますが、この中皮腫は早期発見により治療成績が飛躍的に向上することが知られています。これまでも、放医研はPETなどによる早期画像診断法を開発してきました。今回は、ヒト中皮腫細胞内で産出されるMn-SODにマンガンを取り込ませ、MRIを用いて、マウス胸腔内に移植したわずか直径1ミリ程度の中皮腫の高精細画像を世界で初めて造影することができました。
今後はPETとの併用による診断の迅速化を含め、人への応用に向けて研究を進め、ヒト中皮腫の早期診断技術の実用化を目指します。
本研究の成果は、2010年7月9日、国際対がん連合から発行されるがん研究の専門誌『International Journal of Cancer』オンライン版に掲載されます。

研究の背景と目的

アスベストばく露による悪性中皮腫は、数十年にもわたる潜伏期を経て発症するので早期診断が非常に難しいがんであること、診断が確定した段階では多くの場合すでに治療が困難な進行がんになっていることから、大きな社会的健康問題となっています。さらに、現在は、中皮腫に対する効果的な治療法がなく、5年生存率が10%以下と非常に予後の悪いがんです。しかしながら、早期に診断し、手術をはじめとする治療を開始すれば5年生存率が約40%に改善することが報告されており、早期診断法の開発が待ち望まれています。
放医研では、ヒト中皮腫細胞の研究から、細胞内酵素タンパク質の一つであるマンガンスーパーオキシドディスムターゼ(Mn-SOD)が、多くのヒト中皮腫細胞株で大量に産生されていることを明らかにしました(長谷川ら、2008)。このような経緯から今回は、Mn-SODを中皮腫細胞の画像診断に利用することに着目しました。
ヒトの生命維持に必須な微量金属であるマンガン(Mn)は、Mn-SODと細胞内で結合します。一方、マンガンは高精細画像の得られるMRIの優れた造影剤としても知られており、マンガンが取り込まれた細胞はMRIで白く造影されます。放医研の研究グループは、マンガンが、Mn-SODを多く産出している中皮腫細胞に多く蓄積し、MRIで中皮腫細胞を詳細に画像化できると考えました。
放医研は、分子イメージング研究を推進しており、そのツールの1つであるMRIの開発研究においても長い研究と成果の蓄積があります。これらの背景から、マンガン造影MRI法による中皮腫の画像による早期診断法の開発を目指して研究を行いました。

研究手法と結果

ヒトの場合、ほとんどの中皮腫が肺や心臓のある胸腔内に発生することから、Mn-SODを大量に産出するヒト中皮腫細胞株をマウスの胸腔内に移植することにより、ヒト中皮腫を再現したマウスモデルを作製しました。このモデルマウスに塩化マンガン溶液を全身投与したところ、投与20分後から胸腔内にあるわずか1ミリほどの中皮腫が、MRIで強く精細に造影されることが判明しました(図1)。
より実用化に近づけるため、欧米を中心に肝臓の造影剤として臨床現場で使われているマンガン系造影剤(MnDPDP)を塩化マンガンの代わりに投与したところ、同様に、胸腔内の微小な中皮腫が造影され、MRIで画像化することに成功しました(図2)

塩化マンガン造影MRIで検出した微小中皮腫

図1 塩化マンガン造影MRIによるマウス微小中皮腫の検出
造影剤投与前でははっきりしない中皮腫(黄色円内)が投与後明らかに白く造影され検出されている。中皮腫の直径は約1ミリ。

MnDPDP造影MRIにより検出したマウス微小中皮腫

図2 MnDPDP造影MRIによるマウス微小中皮腫の検出
塩化マンガンと同様、造影剤投与前でははっきりしない中皮腫(黄色円内)が投与後明らかに白く造影され検出されている。

 

今後の展開

今後は、実際の臨床画像診断に応用できるよう、造影剤投与や撮像方法をさらに改良し、臨床応用に向けた研究開発を行う予定です。また、さらに安全性の高いマンガン系造影剤の開発も行います。
放医研の辻らが開発したPETによる早期画像診断法(本年1月20日、放医研プレスリリース※5)と、今回のMRIによる方法を併用することで、より正確な中皮腫の早期診断が可能になると期待されます。
日本より早くアスベストの使用を中止した欧米事例から、日本での中皮腫患者数のピークは2025年頃と予測されています。今回、開発した方法が中皮腫の早期診断や予後の改善に役立つことが期待されます。また、アジア諸国においても、日本より遅れてアスベストの使用を禁止したこともあり、今後中皮腫の発生が増加していく可能性があります。今回のような分子イメージング手法を用いた画像診断研究は、日本をはじめとするアジアでも盛んに行われつつありますが、中皮腫については特に日本で活発な研究が行われています。
上記の一連の研究をさらに進め、日本発の新たなMRI用造影剤を用いた中皮腫の早期画像診断法を確立すれることにより、日本国内のみならずアジア諸国にも大きな貢献ができると考えています。

用語解説

※1 中皮腫(悪性中皮腫):

肺を包む「胸膜」、肝臓や胃などの臓器を覆う「腹膜」、心臓を包む「心膜」の表面に存在する中皮細胞に由来するがんを悪性中皮腫という。まれながんと言われてきたが、アスベストのばく露が発症に大きく関係していることが明らかにされ、労災に指定されている。非常に予後の悪いがんで5年後生存率は10%以下であると言われる。がんが進行した状態で発見されることが大きな原因のひとつであり、予後の大きな改善のために早期発見の方法を確立することが望まれている。

※2 マンガンスーパーオキシドディスムターゼ(Mn-SOD):

酵素の一つであり、SOD(Superoxide Dismutase)とは活性酸素を取り除く酵素の意味。Mn-SODは、活性の中心にマンガンイオンを持った酵素。このマンガンイオンを持つ酵素は、細胞内のミトコンドリア(Mn-SOD)に多く局在する。本酵素は放射線による細胞障害に対して抵抗性に働くことが知られている。

※3 MRI (磁気共鳴画像法):

強い磁場に置かれた原子核が固有の周波数の電磁波と相互作用する現象を利用して、生体内の内部の情報を画像化する方法である。病気の診断のため臨床で広く使われている。

※4 分子イメージング:

生体内で起こるさまざまな生命現象を外部から分子レベルで捉えて画像化することで あり、生命の統合的理解を深める新しいライフサイエンス研究分野。体の中の現象を、分子レベルで、しかも対象が生きたままの状態で調べることができる。がん細胞の状態や特徴を生きたまま調べることができるため、がんができる仕組みの解明や早期発見が可能となる新しい診断法や画期的な治療法を確立するための手段として期待されている。

※5

中皮腫の画期的早期診断法の開発に成功-わずか数ミリの中皮腫をPETで画像化-(https://www.qst.go.jp/site/qms/1652.html

(問い合わせ先)

ご意見やご質問は下記の連絡先までお問い合わせください。

独立行政法人 放射線医学総合研究所 企画部 広報課
Tel:043-206-3026
Fax:043-206-4062
E-mail:info@nirs.go.jp

(研究に関すること)

独立行政法人 放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センター
分子病態イメージング研究グループ 分子診断研究チーム
主任研究員 長谷川 純崇
TEL:043-206-3380
FAX:043-206−0818
E-mail:shase@nirs.go.jp