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千葉地区共通情報

フリーラジカルを消去する能力を可視化~病気になりやすい体を見つけるイメージングへ~

掲載日:2018年12月26日更新
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2012年12月21日10時
独立行政法人 放射線医学総合研究所

本研究成果のポイント

  • 放射線障害、がん、動脈硬化など多くの病気の原因となるフリーラジカルから身を守る能力を、造影剤と高磁場MRIを使って検出・イメージングする手法を開発した。
  • 加齢やストレスによりフリーラジカルの消去能力が弱くなることが示唆されていたが、がんになると、がん組織だけでなく正常な組織でも、消去能力が弱くなる様子の可視化に成功した
  • この新手法により「フリーラジカルへの抵抗性」を調べることで、多様な病気の発症前診断につながることが期待できる。

 活性酸素※1は、放射線被ばくをした際に最初に生じる物質で、中でもフリーラジカル※2は放射線障害の主要な原因とされています。また、放射線による影響のみならず活性酸素は呼吸など生命を維持する活動の際にも常に体内で作られていて、健康な体では活性酸素やフリーラジカルを分解・消去する機構が働いています。しかし、このような機構が障害を受けフリーラジカルを分解できなくなると、がん・動脈硬化・心筋梗塞や脳梗塞などの生活習慣病、あるいは肌のしみや色素沈着などの加齢性変化など、様々な病気の発症や悪化、老化につながると考えられています。独立行政法人放射線医学総合研究所・分子イメージング研究センター※3のバカロヴァ・ルミアナ主任研究員、青木伊知男チームリーダーらは、高磁場MRI※4と、造影剤(ニトロキシル・ラジカル化合物)※5を使って、「フリーラジカルを消去する能力」がどのくらいあるかを、生体イメージングによって体を傷つけることなく調べる方法を開発し、実験によって実証しました。この造影剤はフリーラジカルを消去する能力が高い状態(つまり、抵抗力がある状態)ではMRIの信号が消えるよう設計され、健康なマウスに投与すると、フリーラジカルを分解する酵素等の働きにより信号がすぐに消えました。一方、がん組織では、MRIの信号が長時間消えずに残りました。本研究では、がんがあるマウスでは、がん組織だけでなく、がんとは関係ないと思われる「正常な組織」でも信号が消えずに残ることを初めてイメージングで確認しました。つまり、この手法を応用すると、がんや病気の部位が特定されていなくても、フリーラジカルを消去する能力が弱くなった全身の状態(つまり、抵抗性が小さい状態)を「見る」技術につながることを意味します。フリーラジカルは、放射線が生体に与える影響や放射線治療において、重要な役割を果たしており、本技術は将来、例えば、個々の放射線被ばく感受性の推定や放射線治療の効率化につながることや、がん等フリーラジカルと関連する疾患の超早期診断に向けての要素技術になることが期待できます。本研究は12月20日に、がん専門誌European Journal of Cancerのオンライン版に掲載されました。

フリーラジカルへの抵抗性を反映する薬剤を投与して10分後の信号変化をカラーで示す

要旨の図 フリーラジカルへの抵抗性を反映する薬剤を投与して10分後の信号変化をカラーで示す。健康なマウスでは信号がほぼ消失したが、がんを持つマウスでは、がんだけでなく、全身で信号が持続した。

研究の背景と目的

 放射線の生体への作用は、「放射線が直接DNAを切断する直接作用」と、「放射線が体内で活性酸素※1やフリーラジカル※2を生成し、これらの働きを介して作用する間接作用」との2通りがあります。γ線やX線などの放射線において、フリーラジカルは、生体を傷害する主要な原因になります。一方で、活性酸素やフリーラジカルは呼吸など生命を維持する活動の際にも常に体内で作られていて、通常の健康体ではこれらを分解・消去する機構が働いており、多少増加しても健康は維持されます。しかし、分解する機構が傷害されて速やかに消去できなくなると、がん・動脈硬化・心筋梗塞や脳梗塞などの生活習慣病、あるいは肌のしみや色素沈着などの加齢性変化など、様々な病気の発症や悪化、老化につながると考えられています。つまり、「フリーラジカルの発生と、その抵抗性(ここでは、「フリーラジカルを消去する能力」、以下同じ)のバランス」が、健康の維持に重要であり、体内でそれがどうなっているかを観察することは、多様な生活習慣病や放射線障害の予兆を捉え、これら疾病、障害の発症前あるいは超早期の診断につながる可能性があります。
 本研究は、独立行政法人放射線医学総合研究所(以下、「放医研」)・分子イメージング研究センター※3のバカロヴァ・ルミアナ主任研究員、青木伊知男チームリーダー、佐賀恒夫プログラムリーダーおよびブルガリアのトラキア大学のジェレヴ准教授、ガジェバ教授らによる国際的な共同研究の成果で、12月20日に、がん専門誌European Journal of Cancerのオンライン版に掲載されました。

研究手法と結果

 本研究では、フリーラジカルに対する抵抗性を非侵襲的な断層イメージングで観察するために、ニトロキシル・ラジカル造影剤(信号を出す酸化型のもの)をがんのマウスに投与し、その変化を高磁場MRI※4(磁気とFMラジオ帯の電磁波を使って生体内を高解像度でイメージングできる装置)を使って、観察しました。この造影剤は、フリーラジカルを消去する能力を反映して、酸化型から還元型に移ることでMRIの信号が消えるよう設計されています。

健康なマウスの脳(左)と脳腫瘍をもつマウスの脳(右)のMRIの信号変化
図1 健康なマウスの脳(左)と脳腫瘍をもつマウスの脳(右)のMRIの信号変化

 上段の図はMRIによる頭の断面図。下段は、その信号変化を経時的にグラフにしたもの。グラフの縦軸の「MRIの信号変化(%)」は、投与前のMRIの信号に対する変化の割合を示す。
 健康なマウス(左)では、脳でも筋組織でも、投与後信号が上昇した(約10-14%)が速やかに元の信号に戻った。これは、健康なマウスでは、フリーラジカルを消去する能力を十分に持つことを示唆する。一方、脳腫瘍(神経芽細胞腫)を移植されたマウス(右)では、がんを含む脳では、上昇した信号が長い時間低下せず持続した(右:赤、約10%)。これは消去能がうまく機能していないことを示唆する。
 注目すべき点は、脳腫瘍移植マウスの正常な筋組織等で(右:青)、投与後大きく信号が上昇し(50%程度)、極めて長い時間、投与前の信号に戻らなかったことである。この部位にはがんの転移はなく、顕微鏡や他のイメージング法では「正常」であると観察され、フリーラジカルを多く産生する積極的な理由は無いにも関わらず、信号が持続した。これは、がんを移植されたマウスでは、全身でフリーラジカルを消去する能力が低下していることを示唆する。
 (注:個別の画像同士では比較できず強度を標準化して比較を試みている。グラフの減少の仕方が消去能力を反映する)

 まず、健康なマウスに投与すると、脳および筋肉の両方で、5分程度で信号が消えました(図1・左)。これは、フリーラジカルを分解する酵素など「フリーラジカルを消去する能力」が正常に働いて、造影効果を消したことを意味します。一方、脳にできるがん(脳腫瘍・神経芽細胞腫)を持つマウスに投与したところ、がんの組織では、信号は少なくとも15分以上持続し、投与前の状態に戻るには極めて長時間かかることが観察されました(図1・右)。腫瘍の組織では、活性酸素やフリーラジカルが大きく増えることが知られていますので、この反応は予想通りでした。この研究の新しい発見は、この信号の持続が、「がんの組織ではない、正常と思われる部位(転移もない部位)」でも観察された点です(図1・右・青)。つまり、がんを持つマウスでは、がん転移のない組織ででも「フリーラジカルを消去する能力」が低下し、フリーラジカルが十分に消去できていないということが示唆されました。見方を変えると、がんが発見されていなくても、この信号の持続を観察することで、多くの病気の予兆となる「フリーラジカルを消去する能力」の低下を見つけ出すことができる可能性を示しています。

 この観察結果を確認するために、大腸がんを皮下に移植したマウスでも同様の実験を行ったところ、ほぼ同じ結果を得ました。つまり「全身で、フリーラジカルへの抵抗性の低下」を示唆するMRI信号の持続は、脳腫瘍だけでなく、他のがん種にも共通している可能性が高いことが判明しました。さらに、がんを移植してわずか3日後の超早期かつ微小ながんのモデルでも、信号の持続に差があることが観察されましたつまり、本造影剤は、極めて鋭敏に、微小かつ早期のがんによる「抵抗性の低下」を検出できる能力があることが示されました。図2にフリーラジカル消去能に関する今回の結果についての模式図を示します。

健康な個体(青)では、フリーラジカルの発生は少なく、消去能も高いため、信号はすぐに低下する図2 健康な個体(青)では、フリーラジカルの発生は少なく、消去能も高いため、信号はすぐに低下する。がんの組織(赤)では、フリーラジカルの発生が多いことが知られ、消去能も低下しているため、非常に長い時間、信号が持続する。がんを持っているマウスの正常組織(黄色)では、転移もないため、フリーラジカルの発生量が積極的に増える要因はないが、消去能が低下しているために、信号が長く持続していると考えられる。

本研究成果と今後の展望

 ニトロキシル・ラジカルは造影剤としての効果に加えて、放射線防護の性質を持つため、米国では、放射線治療の前に頭部に塗布することで、治療後の脱毛を防ぐ薬品として、臨床研究が進められています。また、当研究所が平成21年1月29日にプレス発表した「見える抗癌剤」では、同造影剤を用いて、治療と評価が同時に実施できる技術を開発しました。加えて、平成21年6月3日発表の「重粒子線が生成する活性酸素の可視化に成功」(重粒子医科学センター:松本謙一郎チームリーダーら)の成果では、重粒子線による治療を観察する技術としても応用され、今後の展開に幅広い可能性を持っています。(これらのプレス発表については、用語解説の後のWebサイトアドレスを参照。)

 本研究の最も重要な成果は、がんの組織だけでなく、全身の正常な組織でも、「フリーラジカルを消去する能力」の低下を観察する手法を提示した点です。この発見は、単に病気の部位を診断するのではなく、病気になる前の予兆、あるいは超早期の変化を反映する可能性があることを示し、例えば、放射線被ばくを受けた後に、長い時間を経て病気へと変化する過程の前兆を検出できる可能性があります。また、個人によって異なる放射線被ばくに対する感受性の推定への利用、あるいは放射線治療を行う際、個人に合わせた線量の最適化への応用が期待できます。加えて、さまざまなストレスや加齢によって生じるがん・動脈硬化・心筋梗塞・脳梗塞などの生活習慣病への抵抗性を評価する指標へと利用できると考えられます。

 本研究を臨床応用するためには、近い将来、改良・開発すべきことが幾つかあります。現状の造影剤を、ヒトに対して大量に全身に投与した場合、どのような副作用をもたらすのかが十分に分かっておらず、慎重に研究が進められる必要があります。幸いなことに本手法では、必ずしも全身に造影剤が到達する必要がないため、局所的投与による観察、体外診断、あるいは薬剤送達システム(ドラッグ・デリバリー・システム)※6による効率的な投与法を検討することにより解決手段を見い出せると考えられます。加えて、より安全かつ検出力の高い化合物の合成を目指し、国内外の研究機関と共に探索・改良を進め、また、放射線治療への応用については、放医研重粒子医科学センターと密接に協力して実施しています。
 本研究は、前述のような改良を経て、当研究所の重要な使命である放射線の生体影響を検出・評価するイメージング手段として、また、より広く国民の健康維持に役立つ、生活習慣病の予兆を検出する手段の両方に展開が可能であると考えられます。放医研分子イメージング研究センターでは、今後も臨床応用を目指した革新的なイメージング技術の開発および前臨床への応用に精力的に取り組んでいきます。

用語解説

※1 活性酸素

 酸素を含む反応性の高い分子種の総称で、狭義にはヒドロキシルラジカル、スーパーオキシド、過酸化水素、一重項酸素の4種をさす。生体内ではミトコンドリアにおける酸素利用の過程でも活性酸素は生じている。酸素分子が不対電子を捕獲することで、スーパーオキシド、ヒドロキシルラジカル、過酸化水素、という順に生成する。

※2 フリーラジカル

 不対電子(電子対を成さない単独で存在する比較的不安定な電子)をもつ分子または原子団をフリーラジカル(古い言葉では遊離基)といい、活性酸素のうちヒドロキシルラジカルとスーパーオキシドはフリーラジカルである。ヒドロキシルラジカルは放射線による水の電離および励起などで生じ、多くの生体損傷を引き起こすとされる。このような活性酸素種を消去する酵素も生体内には存在し(抗酸化酵素、例えばスーパーオキシドジスムターゼなど)、生体防御能として働く。がんや動脈硬化など多様な生活習慣病の発症あるいは悪化リスクに関連する多くの報告があり、また老化の原因とする仮説もある。一方、放射線によるがん治療では、フリーラジカルの産生が治療効果に影響し、また外部から入り込んできた異物(微生物)を排除することができるので、応用により病気の治療や新薬の開発にも利用できる。

※3 分子イメージング研究センター

 平成17年度に放医研に創立された分子イメージング研究を行っている研究センター。腫瘍や精神疾患に関する基礎研究や臨床研究のほか、分子プローブの開発や放射薬剤製造技術開発、PETやMRIの計測技術開発や病態適用など、分子イメージングの基礎研究から疾患診断の臨床研究まで幅広い研究を行う世界屈指の分子イメージング研究拠点。文部科学省が推進する「分子イメージング研究戦略推進プログラム」の「PET疾患診断研究拠点」として選定を受けている。

※4 高磁場MRI

 磁気共鳴イメージング(MRI)は、体内の水素原子(主として生体の水)が核磁気共鳴を起こして得た情報をコンピューターにより画像化する手法で、国内では5千台以上が稼働するなど、非侵襲的に生体の断層画像を取得する方法として、診断を中心に広く臨床現場で使用されている。軟部組織のコントラストに優れ、ヒトでも1mm前後の解像度を取得できる。MRIでは、高い磁場ほど強い信号が検出できるが、安定した画像を得るためには高度な技術力が必要となる。
 通常の医療では3テスラ以下のMRIが使用される(1テスラは10000ガウス)。本研究では、小さな個体を対象としたため、7テスラMRIが使用され、100μm程度の分解能で生体の断層画像を得ることができる。7テスラMRIで得られた研究成果は、3テスラ以下の臨床装置でも再現が可能であり、また世界的には30台以上の「臨床用の7テスラMRI」も稼働が開始している。

※5 ニトロキシル・ラジカル

 ニトロキシド基を含む化合物で、古くは電子スピン共鳴法(ESRまたはEPR)を用いて、フリーラジカル反応を研究するための分子プローブとして使用されてきた。「ラジカル」という名称を含むが、フリーラジカルとは違い安定型のラジカルのため、逆に不安定なフリーラジカルと結合して、安定化させる「ラジカル消去剤(スカベンジャー)」としての作用を持つ。MRIでも「酸化型」(下図、左の赤)では信号が検出可能で、フリーラジカルを消去する能力が高い状態では、酸化型から還元型に移るため、この信号が消える設計となっている。近年、組織の酸化還元反応(レドックス)を検出する方法として再び注目されている。併せて、米国では、放射線治療の際に脱毛を防止する放射線防護剤として注目され、臨床応用が進められる他、脳梗塞を発症した際の保護的効果など、造影剤としてだけでなく、薬剤としての有用性もある。

ニトロキシル・ラジカルの画像

※6 薬剤送達システム(ドラッグ・デリバリー・システム;DDS)

 必要な薬物を必要な時間に必要な部位で作用させるためのシステム(工夫や技術)。通常使用されている薬物が、全身に分布するため副作用の原因となるが、DDSにより局所に集めることができれば、効果を高めつつ、副作用を減らすことが可能となる。最近では、ナノテクノロジーの進展により、100nm前後の「ナノ粒子」を製造し、がんなどの目標に薬剤を運搬するシステムが注目を集めている。当研究所・分子イメージング研究センターは、最先端研究開発支援プログラム(「ナノバイオテクノロジーが先導する診断・治療イノベーション」代表者:東京大学・片岡一則教授)に参画し、先端的DDS技術を分子イメージングに応用し、新しい価値を創出する取り組みを行っている。

本文中記載のプレス発表

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