究極の細胞健康診断
2020年初頭から現在に至るまで世界中がコロナ禍に見舞われ、健康状態を把握するために体温を測る機会が増えた。あらゆる場所に体温計が設置され、恐らく体温を測らない日は皆無であろう。これは、温度が生命活動にとって極めて重要な情報だからだ。
ただし、生体の全ての箇所で同じ温度を示すかというと、そうではないことは容易に想像ができる。脇の下と指先では当然、温度は異なる。恐らく、各臓器や組織においてもその温度はかなり異なるはずだ。体表面の温度を計測するサーモグラフィーや体温計を、生体深部にある臓器や組織に届けることは困難であるため、残念ながら各臓器や組織の温度を計測できないのが現状だ。これは生命活動をつかさどる各臓器や組織の診断を進める上で問題となる。
各臓器や組織を構成するのは細胞だが、厳密に言えば、細胞温度もそれぞれで異なっているはずだ。究極的には、全身の各細胞の温度を計測することができれば、生命科学の発展において極めて有意義であることは言うまでもなく、かつ、さまざまな病気の原因究明にいち早くつなげることができると期待される。すなわち、「究極の細胞健康診断の実現」が可能となるわけだ。
これを実現するためには、細胞より非常に小さな温度計(温度センサー)が必要になる。そこで、大きな注目を集めているのが、量子技術を導入したナノサイズのダイヤモンドなどを材料とする生体ナノ量子センサーだ。このセンサーを各組織や臓器、およびそれらを構成する細胞に送り届けることで、届いた先の温度だけでなく、細胞内の水素イオン指数(pH)、磁場、電場、硬さなどの情報もセンサーから得ることができる。さらにこれらの情報は、量子技術を巧みに応用することで同時に計測することが可能だ。ここに大きな魅力がある。生体ナノ量子センサーによる「究極の細胞健康診断の実現」は、決して夢物語ではないのだ。
本稿を含め全6回のシリーズで、この非常に魅力的なナノ量子センサーの紹介(第2回)をはじめ、生命科学への応用として、がん(第3回)、免疫・炎症(第4回)、脳疾患(第5回)、再生医療(第6回)における最新の研究状況を紹介する。