物理化学的パラメーター、細胞内で同時計測
細胞状態を示す細胞内の温度、水素イオン指数(pH)、磁場、電場、粘度などの物理化学的パラメーターは、生体分子のダイナミクスと反応性を通じて細胞活動を大きく変化させる可能性が指摘されている。発熱時に免疫細胞であるマクロファージの活性が上昇したり、死滅したがん細胞の粘度が上昇したりするのはこの一例と言える。他に、細胞分裂、遺伝子発現、たんぱく質産生、代謝活動などについても、これら物理化学的パラメーターと非常に密接な関係をもつと考えられる。そのため、これらパラメーターを細胞内で高精度に同時に計測する技術が極めて重要となる。
筆者が専門としている再生医療やがん免疫療法などの先進医療、およびそれらの礎となっている発生学、再生医学、免疫学などにおいては、これらパラメーターの影響は計測が出来ないが故にほとんど考慮されていない。例えば、温度を例に取ると、これまで37度Cの一定の培養条件下(生体外)で幹細胞や再生細胞を培養し、移植投与前に評価してきた。しかし、移植先の生体箇所の温度は必ず37度Cとは限らず、体温が低いところもあれば、高いところもある。特に、第63回の記事にて紹介があったように、治療箇所は炎症が起こっていることが多く、37度Cより高い場合が想定される。
我々はナノ量子センサー技術を駆使することで、これらの疑問についてその一端を解明した。ナノ量子センサーをあらかじめ幹細胞に導入し、幹細胞内の温度を42度C、37度C、32度Cにして実験をしたところ、細胞内温度に応じて、幹細胞から産生される再生因子の量が大きく変化する結果が示された。すなわち、幹細胞の機能発現にはそれぞれ最適温度があり、1細胞レベルでの温度計測が重要であることを明らかにした。
今後はナノ量子センサー技術を安全性と計測精度の面でさらに発展させ、生体内に応用することで、移植箇所での温度計測を実現する計画だ。また、温度以外の物理化学的パラメーターの変化が再生医療やがん免疫療法の効果に影響をおよぼすことが懸念されている。これらの計測も実現することで、より最適な再生医療やがん免疫療法の実現に貢献できると期待している。
※本記事は2022年10月6日 日刊工業新聞22面(科学技術・大学)に掲載されました。
日刊工業新聞 量子科学技術で作る未来(65)物理化学的パラメーター、細胞内で同時計測
関連リンク
<論文情報>
"A quantum thermometric sensing and analysis system using fluorescent nanodiamonds for the evaluation of living stem cell functions according to intracellular temperature"
Hiroshi Yukawa, Masazumi Fujiwara, Kaori Kobayashi, Yuka Kumon, Kazu Miyaji, Yushi Nishimura, Keisuke Oshimi, Yumi Umehara, Yoshio Teki, Takayuki Iwasaki, Mutsuko Hatano, Hideki Hashimoto and Yoshinobu Baba
Nanoscale Advances(2020)https://doi.org/10.1039/D0NA00146E
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