認知症の超早期診断 第66回
異常たんぱく質蓄積検出 脳の働き解明「より良く生きる」
アルツハイマー病をはじめとする認知症は、その前段階を含めると罹患者数は全国で1,000万人を超えると推定される。罹患者が多い理由の一つは、有効な治療法が確立していないことであり、早期に発見し治療する戦略が望まれるが、現時点では早期診断法も未確立である。
量子科学技術研究開発機構(QST)では、認知症を超早期に診断し、治療へと導く量子技術の開発に取り組んでいる。多くの認知症は脳内に異常なたんぱく質が蓄積することを主因とするので、これをいかに早い段階から検出できるかが、診断革新においてカギを握る。
QSTは異常たんぱく質病変に結合する薬剤を創出し、この薬剤をポゾトロン断層撮影(PET、Positron Emission Tomography)のイメージング剤として用いる診断技術の開発で世界をリードしてきた。
また、脳内の初期病変を鋭敏に検出しうる頭部専用PET装置を実用化すると共に、疾患の自動診断を可能にする画像のAI解析法も手がけ、イメージング剤、PET装置、AI解析からなる認知症の超早期診断パッケージが近い将来実現すると見込まれる。
加えてデジタルELISA(Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay)と呼ばれる新技術や、さらにその先を行くナノ量子センサーの活用により、血液などの体液に含まれる脳由来の異常たんぱく質を超高感度に検出し認知症診断に役立てる手法の開発を、画像診断法開発と相互促進的に推進中である。
早期診断・早期治療で異常たんぱく質蓄積を抑止できたとしても、脳の働きが健全に営まれなれば、「より長く」のみならず「よりよく」生きることは難しい。QSTは脳の回路の可視化と操作を可能にする科学遺伝学という革新的技術を用いた基礎研究と、その知見に基づいた臨床研究により、「よりよく」前向きに生きるための脳の働きを解明しアシストする取り組みも行っている。
このシリーズでは、認知症の次世代診療実現に向けた、画期的な診断の開発を紹介する。さらには病態制圧の先を見据えて、健康を真に享受できる「こころ」の在り方を追究する脳科学アプローチについても概説する。
執筆者
量子科学技術研究開発機構 量子医科学研究所
脳機能イメージング研究部 部長
樋口 真人(ひぐち・まこと)
東北大学医学部卒。老年内科医を経て、米国ペンシルバニア大学、理化学研究所で起基礎研究に従事。放射線医学総合研究所(現QST)に赴任し、基礎と臨床をつなぐ脳疾患研究を推進。博士(医学)
本記事は、日刊工業新聞 2022年10月13日号に掲載されました。
■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(66)認知症の超早期診断(連載記事 全8)異常たんぱく質蓄積検出 脳の働き解明「より良く生きる」(2022年10月13日 科学技術・大学)