認知症の超早期診断 第68回
PET薬剤指標可視化 認知症検査 手軽な時代に
認知症では、神経細胞が機能異常を起こし死に至ることで、物忘れや運動障害、精神症状などの多彩な症状が現れる。認知症患者の脳の中では、特定のタンパク質が構造的に異常となり凝集体を形成する。タンパク質は凝集することで正常な機能を喪失することに加え、異常タンパク質凝集体は、凝集の過程で脳内の神経細胞にダメージを与え、細胞死を引き起こすと考えられている。
異常タンパク質の中でも、βアミロイド、タウ、αシヌクレインなどが認知症の進行とともに脳内で蓄積することが知られている。これまでの診断技術では、この異常タンパク質の蓄積は死後脳の病理診断により確かめられた。陽電子(ポジトロン)断層撮像(PET)技術は生きたまま体内のタンパク質の沈着を可視化する特徴を有することから、認知症の原因となる異常タンパク質の蓄積を捉えることも臨床的に可能となった。
アルツハイマー病の指標となるβアミロイド沈着を可視化するPET薬剤は、炭素11(放射能半減期20分)標識ピッツバーグ化合物B(PiB)やフッ素18標識薬剤などが開発されており、汎用性の高い画像診断が可能となっている。
量子科学技術研究開発機構(QST)では、アルツハイマー病を含めた多くの認知症で見られるタウ蓄積を可視化するフッ素標識PM-PBB3(florzolotau)をPET薬剤として開発し、臨床試験を行っている。数あるタウPET薬剤の中でこの薬剤はアルツハイマー病以外の認知症で見られるタウ凝集体への検出感度が特に優れており、タウが蓄積する認知症の鑑別診断に適した薬剤として注目を集めている。
最近、QSTではαシヌクレインPET薬剤の開発を進め、PETによるαシヌクレイン病変の画像化にも成功した。αシヌクレイン病変はパーキンソン病やレビー小体型認知症で見られる神経病理像である。βアミロイドPET、タウPET、αシヌクレインPETが可能となったことで、アルツハイマー病、パーキンソン病、その他の認知症を画像診断により鑑別できる時代が到来したと言える。
PETイメージングは認知症の早期診断だけでなく治療効果を判定する上でも欠かせない技術である。QSTではPET薬剤の実用化と低コスト・高性能PET装置の普及を精力的に進めている。誰でも気軽に認知症PET検査を受けられる世界がもうそこまで来ている。
執筆者
量子科学技術研究開発機構 量子医科学研究所
脳機能イメージング研究部 上席研究員
佐原 成彦(さはら・なるひこ)
東京理科大学工学部卒。東京都精神研、大阪市立大学医学部、米国メーヨークリニック、理化学研究所、フロリダ大学、放射線医学総合研究所(現QST)で認知症基礎研究に従事。認知症モデル動物を用いて診断・治療薬の開発を推進。博士(理学)
本記事は、日刊工業新聞 2022年10月27日号に掲載されました。
■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(68)認知症の超早期診断(連載記事 全8)ET薬剤指標可視化 認知症検査 手軽な時代に(2022年10月27日 科学技術・大学)