現在地
Home > 量子医科学研究所 > 認知症の超早期診断 第71回 脳回路の働き点検・修理 人工受容体で神経活動調整

量子医科学研究所

認知症の超早期診断 第71回 脳回路の働き点検・修理 人工受容体で神経活動調整

掲載日:2024年3月27日更新
印刷用ページを表示

認知症の超早期診断 第71回
脳回路の働き点検・修理 人工受容体で神経活動調整

私たちの脳は1,000億を超える神経細胞が網目のように繋がって複雑な回路をつくり、情報をやりとりして「記憶する」「話す」など普段の生活を支えている。一方、その回路の働きが悪くなると、うつ病のようなこころの不調を生じることがある。そのため脳の回路が正しく動作しているか点検し、必要となる場合修理する技術が求められている。

量子科学技術研究開発機構(QST)は一部の神経細胞に人工の受容体を導入し、それに結合する人工薬を飲むことで神経細胞の働きを調整できる化学遺伝学にかかる革新技術の開発に取り組んでいる。最近、従来の薬に対して、その働きの調整効果が100倍の人工薬の創出に成功した。しかも、この薬剤は、陽電子(ポジトロン)断層撮影(PET)のイメージング剤として用いることで、人工受容体が入っている神経細胞を捉え、その繋がりを画像化することもできる。

この人工薬による脳回路の画像化と調整はまだ基礎研究の段階ではあるが、ヒトと同じ大きく発達した脳を持つサルが、物事を「覚える」「選ぶ」際に、それぞれ前頭前野から異なる脳部位へ繋がった別々の回路が使われることを明らかにするなど、画期的な成果が得られている(図参照)。また、全脳の活動を調べる脳機能イメージング法と組み合わせて、脳の一部を操作した時に生じる回路の繋がりの変化についても画像化できることもわかった。

得られた脳回路についての基礎データを臨床研究データと照らし合わせることで、こころの不調の原因回路を探したり、よりよく前向きに生きるための脳の働きを解明しアシストする取り組みも行っている。

さらに、脳回路の不調を正すことで脳疾患を治療する研究も実施している。「てんかん」におけるけいれんや意識を失うなどの症状は、一部の神経細胞の過剰興奮が回路を伝わって脳に広がることで生じるが、最近サルのてんかんモデルにおいて化学遺伝学がその症状の抑制に有効であることがわかった。

実際の医療応用はまだ先ではあるが、「回路を点検し修復する技術」は、これまで難しかった、こころのメカニズム解明や、こころの病の克服に向けたブレークスルーとして期待されている。そして、この技術がヒトへ応用される際には、QSTが開発した高感度の頭部専用PETにより、脳回路をより詳細に捉えることができると見込まれる。

脳回路を画像化して操作する技術

脳回路を画像化して操作する革新技術で 心を知り・その病を治す

執筆者

量子科学技術研究開発機構 量子医科学研究所

脳機能イメージング研究部 上席研究員

男性

南本 敬史(みなみもと・たかふみ)

大阪大学で脳の神経細胞の働きについて学び、海外留学を経て放射線医学総合研究所(現QST)に赴任。やる気が出る・出ないのはなぜ?脳回路から理解することを目指している。博士(理学)

本記事は、日刊工業新聞 2022年11月17日号に掲載されました。

■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(71)認知症の超早期診断(連載記事 全8)​脳回路の働き点検・修理 人工受容体で神経活動調整(2022年11月17日 科学技術・大学)