量子科学技術で作る未来 第30回
シンクロトロン加速器 小型化で広く普及
量子科学技術研究開発機構(QST)は、重粒子線がもつ、がん細胞への高い殺傷効果と正常組織の損傷が少ないという特徴を活かし「日帰りがん治療」の実現を目指した、量子メスプロジェクトを進めている。
重粒子線がん治療では、炭素イオンを体内深くのがんに到達させるために、高いエネルギー(速度)まで加速する必要がある。このための装置がシンクロトロン加速器である。例えば皮膚から30cmの深さにあるがんに炭素イオンが届くためには、秒速22万kmというとてつもない速度が必要であるが、QSTのシンクロトロン加速器はわずか1秒程度でその速度まで加速できる。
この加速器は真空パイプをリング状に繋いだ構造をしており、炭素イオンは、真空パイプの外側に設けられた電磁石からの磁場で曲げられながら、真空パイプ内を高速で周回している。しかしながら、炭素イオンは、電子や陽子に比べて重く曲がりにくいため、半径の大きなリングが必要となる。最新の重粒子線治療装置でも、シンクロトロン加速器だけで400m2程度の面積を占めており、この巨大さが重粒子線がん治療の普及を妨げる原因となっている。
量子メスではこの問題の根本的な解決を目指し、超伝導コイルを用いた3.5テスラの医療用高磁場電磁石を開発し、シンクロトロン加速器を治療室に設置できる50m2程度まで小型化することを目標としてきた。超伝導電磁石を用いる場合、シンクロトロン加速器の加速運転に伴う超伝導電磁石の発熱の大きさが問題となるが、一般的な液体ヘリウム冷却設備は病院での運用が困難なため、これに頼らない冷却が重要な課題であった。そこで、2017年より産学が連携して、この発熱を低減するために、シンクロトロンビーム軌道の最適化や、特殊な超伝導電磁石の開発をおこない、加速運転中も小型冷凍機のみで超伝導状態を維持することに成功した。これにより、量子メス超伝導シンクロトロンを実現できる見通しがついた。
革新的な小型シンクロトロン加速器を実用化し、広く普及させることで、将来「日帰りがん治療」があたりまえとなり、量子メスが大きな社会的価値を生み出すことを期待している。
小型化された量子メス超伝導シンクロトロン加速器と従来型装置の比較
執筆者
量子科学技術研究開発機構
量子生命・医学部門
量子医科研究所物理工学部 主任研究員
水島 康太(みずしま・こうた)
粒子線治療技術の高度化に向けた加速器・ビームの制御システム開発に従事。現在は量子メス装置の開発に向けてシンクロトロンの設計に取り組む。博士(理学)。
本記事は、日刊工業新聞 2022年1月20日号に掲載されました。
■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(30)シンクロトロン加速器、小型化で広く普及(2022年1月20日 科学技術・大学)