量子科学技術で作る未来 第31回
超伝導回転ガントリー照射装置、患者の負担軽減
重粒子線がん治療は、X線や陽子線に比べ、炭素線がもつ高い生物学的効果と線量集中性を活かし、副作用が小さく放射線抵抗性のがんに対しても有効な治療法である。
X線や陽子線がん治療は、回転ガントリー照射装置を使い、患者に対し360度任意の角度から照射する。これに対し、これまでの重粒子線治療は、決まった方向から患者に照射する固定照射装置が主流であった。これは、質量が大きい炭素イオンの輸送や方向制御に、大型の電磁石とそれを支持できる回転構造体が必要となり、回転ガントリー照射装置が普及しなかったためである。このため、実際の治療では、脊髄や神経などの重要器官の被ばくを避けるため、患者のからだを回転させるか傾けた不自然な姿勢での照射となるケースも少なくなく、治療できる範囲に大きな制約が生じていた。
この制約を解消するため、ドイツのハイデルベルグ大学が2012年に重粒子線治療用回転ガントリー照射装置を世界で初めて実用化したが、全長19m、重量600t程度とあまりにも巨大で重いため、他の病院への導入は進まなかった。
こうした状況の中、量子科学技術研究開発機構(QST)は、液体ヘリウムを一切使用せずに超伝導状態の維持が可能で、かつ炭素線の偏向と収束を同時に行える、機能結合型超伝導電磁石を開発することで、全長13m、重量300t程度と大幅に小型した超伝導回転ガントリー照射装置の初号機を、世界で初めて2015年に実用化し、QST病院に設置した。
重粒子線の線量集中性が高まり、患者に無理のない姿勢での照射が可能となったため、患者負担が軽減されると共に、治療の精度・自由度・効率が格段に向上した。現在では、改良型の回転ガントリー照射装置が山形大学に導入され、更に、韓国の延世大学にも輸出されるなど、普及が進んでいる。
QSTは、超伝導技術をさらに発展させ、最大発生磁場を高めると共に、励消磁に伴う発熱を低減させるなど、超伝導電磁石の高性能化を図り、回転ガントリーを全長5m程度にまで小型化する研究を進めている。超伝導シンクロトロン加速器と超小型回転ガントリー照射装置を組み合わせた量子メスは、高性能で大幅に小型化した装置となることから、普及が一段と加速することを期待している。
回転ガントリー照射装置の小型化の変遷
執筆者
量子科学技術研究開発機構
量子生命・医学部門
量子医科学研究所物理工学部・重粒子運転室・室長
岩田 佳之(いわた・よしゆき)
自然界に存在しない不安定な原子核の核構造に関する研究に従事した後、QSTで重粒子線がん治療のための加速器・照射装置開発に従事。現在は重粒子運転室の室長を務める。博士(理学)
本記事は、日刊工業新聞 2022年1月27日号に掲載されました。
■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(31)超伝導回転ガントリー照射装置、患者の負担軽減(2022年1月27日 科学技術・大学)