量子科学技術で作る未来 第32回
レーザー駆動でイオン加速 革新的小型化の実現目指す
この連載で紹介しているように、炭素イオンを用いた重粒子線がん治療は、がん細胞の殺傷効果がおよび治療後の生活の質が高いがん治療法である。その一方で、治療装置特に加速器の巨大さが、治療の普及を妨げる大きな原因となっている。
一般的な加速器では、数100MHz~数GHzの電波による電圧でイオンを加速している。加速器を小型化するためには、この電圧を高めて、短距離でイオンを加速する必要があるが、放電が起きやすくなるため、加速電圧は、平均して1mの入射用加速器の長さは15m程度になり、原理的にこれより小型化することが難しい。
量子メスでは、超伝導技術でシンクロトロン加速器を小型化するだけでなく、入射用加速器にも革新的小型化が求められている。この実現の鍵となるのが、従来の電波を使うのではなく、「光でイオンを加速する」レーザー駆動イオン加速技術である。この現象が米国で発見された西暦2000年当初から加速器を小型化するためのブレークスルー技術として注目され、国内では量子科学技術研究開発機構(QST)関西研などで研究が続けられてきた。
この技術は、20兆分の1秒幅という非常に短い時間幅のレーザーバルスをレンズを使って髪の毛よりも小さい直径数ミクロンまで光を集め、1cm2あたり1垓W(1020W)の強度で炭素原子が付いたターゲットに照射することで、レーザー光の電磁場をイオンの加速電場に変換し、炭素イオンをミクロン程度の距離で、光速の10%程度まで加速する手法である。これは、現行の加速器の加速電場に比べて6桁程度高いものである。
研究開発を開始した2017年頃のレーザー駆動イオン加速技術は基礎研究レベルだった。そこで、医療での実用化という高い目標を設定し、連続的に炭素イオンを安定供給するために、不純物が混ざり込まない材質と構造の炭素テープを開発するなどの課題を克服していくことで、高強度レーザーによる高純度な炭素イオンの安定的な加速の実証を急ピッチで進めてきた。実用化に向けた研究・開発が計画どおり進めば、2026年頃には、レーザー駆動イオン加速技術を用いた量子メス用入射器プロトタイプが完成する見通しである。
レーザーによる高エネルギーイオンビーム加速の模様図
執筆者
量子科学技術研究開発機構
量子ビーム科学部門 光量子科学研究部
高強度レーザー科学研究グループ・上席研究員
榊 泰直(さかき・ひろなお)
SPring-8、J-PARCの加速器プロジェクトに15年間従事後、レーザー駆動イオン加速器の開発に参加。現在、レーザー駆動加速を用いた量子メス用入射器の開発を進めている。博士(情報学)
本記事は、日刊工業新聞 2022年2月3日号に掲載されました。
■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(32)レーザー駆動でイオン加速 革新的小型化の実現目指す(2022年2月3日 科学技術・大学)