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量子医科学研究所

量子メス 第33回 量子メスで日帰りがん治療、複数イオンによるがん治療

掲載日:2024年3月27日更新
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量子科学技術で作る未来 第33回
正常組織へのダメージ抑制 イオンの組み合わせ 放射線量・RBE最適化

重粒子線がん治療で用いられる炭素イオンは、がんの位置で集中的にエネルギーを放出し、細胞殺傷効果が高いという特徴をもっている。そのため、正常な臓器へのダメージを低く抑えながら、がんにダメージを集中することが出来る優れた治療法である。この重粒子線がん治療を高度化し、骨軟部の肉腫や膵がんといった難治がんに対する治療効果をさらに高めるには、正常臓器へのダメージをより低く抑えながら、がんの殺傷効果をこれまで以上に高めるための技術開発が望まれていた。

放射線の細胞殺傷効果は、放射線の種類によらない放射線量と、放射線の種類によって決まる生物的な効果の比(RBE:X線の殺傷効果を1とする)の積で与えられる。例えば、粒子線がん治療に用いられる、水素イオン(陽子)、ヘリウムイオン、炭素イオン、酸素イオン、ネオンイオンと、イオンが重くなればなるほど、RBEも大きくなる。RBEは放射線の種類によって決まる調整不能な量であるため、従来の放射線治療は重粒子線がん治療も含め、RBEの値を考慮したうえで、放射線量のみを最適化して治療を実施してきた。

がんの位置でのRBEが2~3の炭素イオンは、正常な臓器へのダメージが小さくがんの殺傷効果が高い、バランスに優れたイオンであるが、放射線に耐性をもつがんには、RBEがさらに大きい酸素イオンやネオンイオンがより有効な場合がある。一方、放射線に弱いがんには、RBEが小さい陽子やヘリウムイオンでも十分な殺傷効果が得られ、かつ正常な臓器へのダメージを抑えられる場合もある。そこで、量子科学技術研究開発機構(QST)では、がんを治療する際に、炭素イオンを単独で照射するのではなく、オーダーメードでがんの特性に合わせて、RBEの異なる複数のイオンを組み合わせて照射するマルチイオン治療法を世界で初めて提唱し、2023年度の臨床試験開始を目指して研究開発を進めている。図に示すように、がんの中心部に近いところにはRBEが大きなネオンイオンを、正常組織と隣接する部分にはRBEが小さなヘリウムイオンを照射することにより、放射線量とRBEの両方を最適化することが初めて可能となることから、難治がんに対する治療効果を改善できると期待している。

マルチイオン照射のイメージ

 膵臓癌に対するマルチイオン(ヘリウム、炭素、ネオン)治療の模式図

 

執筆者

量子科学技術研究開発機構
量子生命・医学部門 量子医科学研究所
物理工学部 治療ビーム研究開発グループ グループリーダー

男性の顔

稲庭 拓(いなにわ・たく)

重粒子線治療の高度化に関わる治療計画装置、線量計算アルゴリズム、生物効果モデルの開発に従事。現在、マルチイオン治療の実現に向けた研究開発を主導している。博士(理学)

本記事は、日刊工業新聞 2022年2月10日号に掲載されました。

■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(33)正常組織へのダメージ抑制 イオンの組み合わせ 放射線量・RBE最適化(2022年2月10日 科学技術・大学)