量子科学技術で作る未来 第34回
重粒子線がん治療広く適用 安全性・効果・期間で優位性
重粒子線がん治療は、高い線量集中性と強い生物効果をあわせ持つ安全で有効性の高いがん治療法である。1994年に放射線医学総合研究所(現量子科学技術研究開発機構)が炭素イオンによる治療を開始してから27年。QST病院では年間800名前後の、QST病院も含めた国内7つの施設では年間3000名以上の重粒子線がん治療が行われている。
臨床試験として開始された重粒子線がん治療は、多くの疾患で安全で有効な治療方法が確立できたことにより、2003年に先進医療として承認された。その後、さらに実績を重ねた結果、2016年には骨軟部腫瘍が保険適用となり、2018年には頭頸部腫瘍と前立腺がんにその適用が拡大された。さらに2022年からは肝臓がんや膵臓がん、大腸がんなど5つの疾患が保険収載される見込みとなっている。巨大で高額な施設が必要となることから、治療施設数が限られているという大きなハンディキャップがあるにもかかわらず、このように発展してきた原動力は、重粒子線がん治療がもつ高い臨床的有用性に他ならない。
重粒子線がん治療は、理論的にはX線がん治療の対象のほとんどに対してより優れた効果と安全性が期待できることに加え、骨軟部腫瘍に代表されるX線が効きにくいがんにも効果が期待できる。従って、X線がん治療自体が広く適応できる治療法であるが、重粒子線がん治療はさらに広い適応を持つと言える。これまでは、施設数や医療制度上の制約から、特に重粒子線がん治療の有用性が高い疾患や病状を主な治療対象としているのが現状であるが、それでも図に示すような多種多様な疾患が対象となっており、各種の治療法の中で安全性、治療効果のいずれかもしくは両方で優位性を持っている。また、多くの疾患でX線治療より短期間での治療法が確立しており、1日で治療が終わる疾患もあるなど、時間的な意味でも生活の質を落とさない治療法となっている。さらに、QSTでは治療効果の改善に加えて、この治療期間の短縮化に向けた研究も進められている。
この治療法が広く普及し、必要な人がすぐに受けられることを実現するとともに、治療法としてさらに進化し、高度化していくためにも量子メスが1日も早く実現することが強く望まれる。
執筆者
量子科学技術研究開発機構
QST病院 病院長
辻 比呂志(つじ・ひろし)
北海道大学出身。一般放射線治療の経験の後、筑波大学で陽子線治療に従事。1997年より放射線医学総合研究所に赴任し、前立腺癌や眼球腫瘍を中心として重粒子線治療に携わっている。博士(医学)
本記事は、日刊工業新聞 2022年2月17日号に掲載されました。
■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(34)重粒子線がん治療広く適用 安全性・効果・期間で優位性(2022年2月17日 科学技術・大学)