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標的アイソトープ治療 第39回 「薬」「放射線」兼ねる治療 副作用少なく身体に優しい

掲載日:2024年3月27日更新
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量子科学技術で作る未来 第39回
「薬」「放射線」兼ねる治療 副作用少なく身体に優しい

量子科学技術研究開発機構(QST)が研究と開発を進める、「薬でかつ放射線治療」というユニークな治療法、標的アイソトープ治療(TRT、Targeted Radioisotope Therapy)は、がん細胞など標的を特異的に認識する抗体、リガンドやホルモン等を利用して薬剤を届ける分子標的薬としての「薬」と、薬剤に標識された殺細胞性のアイソトープががん細胞に対し体内で行う「放射線治療」の両方の特徴を持ち(図)、体外からのX線や重粒子線の照射による治療が苦手とする転移巣への治療にも有効である。

抗体などの「薬」部分は薬剤送達が中心でがんを治療する効果はほぼなく、がんの殺細胞性は「放射線治療」による。TRT製剤は物質量は極めて小さくとも、十分な放射線量を持つ。例えば、古くから利用されているヨウ素131を利用したTRT・放射性ヨウ素内用療法では、造影CTなどでヨウ素アレルギーを示す患者でも治療可能である。

物質量としての放射性ヨウ素の量は造影CTで投与されるヨウ素の1~10億分の1程度と極微量なため身体の免疫機能が感知できず、アレルギー反応が起こらないためである。このような特徴から、TRTは放射線量さえ適切に管理できれば、自覚症状のある副作用の発生がほとんど起こらない「身体に優しいがん治療」であると言える。

また、TRTに用いるアイトソープは、その体内飛程、すなわち放射線の飛ぶ距離がアルファ線で数十マイクロメーター程度、ベータ線で数ミリメーター程度とされ、がん細胞にしっかりと薬剤送達されれば、放射線が周囲の正常細胞を障害する可能性が低く、とくにアルファ線ではがん細胞の大きさで数個分程度しか飛ばないため、正常組織障害が極めて少ない。

この点でも、副作用の少ない「身体に優しいがん治療」と言える。前シリーズで紹介した、重粒子線により切らずにがんを治す量子メスとの相補的な利用により、より確実ながん治療に近づく。

TRTは国内でも複数の製剤が臨床利用されてきたが、すべて輸入製剤であり国産のTRT製剤は存在しない。QSTではTRTの開発研究を進めており、すでに臨床治験も開始した。これは国産TRT製剤の臨床試験として国内初であり、がん治療の分野でも大いに期待されている。このシリーズではQSTの代表的なTRT製剤等をご紹介する。

図・写真

執筆者

量子科学技術研究開発機構 量子医科学研究所

分子イメージング診断治療研究部 部長

男性の顔

東 達也(ひがし・たつや)

京都大学医学部卒。医師免許取得後、内科医を経て、核医学臨床研究に従事。米国ミシガン大学を経て、京都大学病院、滋賀県立総合病院研究所を経て、放射線医学総合研究所(現QST)に。博士(医学)

本記事は、日刊工業新聞 2022年3月31日号に掲載されました。

■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(39)「薬」「放射線」兼ねる治療 副作用少なく身体に優しい(2022年3月31日 科学技術・大学)