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量子医科学研究所

標的アイソトープ治療 第40回 α線源 加速器で製造

掲載日:2024年3月27日更新
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量子科学技術で作る未来 第40回
α線源 加速器で製造

放射線科学の教科書には、放射線の生体に対する悪影響、いわゆる内部被ばくに関する解説がある。影響が大きい順に、α線、β線、γ・X線と続く。この教えにならえば、人体に有害なα線(高いエネルギーを持った質量数4のヘリウム)を放出する放射性薬剤(線源)を体内への投与することは荒唐無稽に聞こえるが、がん治療の現場では、α線を出す治療薬の開発競争が世界中で繰り広げられている。医療・科学技術の進歩により、核医学分野にも『毒をもって毒を制する』時代が訪れた結果、急激に高まったα線源への需要に応えるべく、量子科学技術研究開発機構(QST)では加速器を利用してアスタチン211とアクチニウム225という2種類のα線源を製造する方法を開発した。

アスタチン211は約10年前、我々の研究室が治療研究を開始する際に選択した最初のα線源であり、比較的大型の加速器を利用して高速のヘリウムイオンをビスマスに照射して製造する。アスタチンの化学的特性は核医学において利用実績豊富なヨウ素に類似する。従って、従来のヨウ素創薬技術を利用・発展させ、がんに集積しやすいアスタチン創薬を効率的に実施・評価できる。この結果アスタチンは国内でも最も注目される期待のα線源となっている。

アクチニウム225は、その高い治療効果が世界的に注目されている。放射線管理の上でも適度な半減期であり、ラジウムと異なり減衰過程でラドンを生じない特徴から、核医学に適したα線源といえる。アクチニウムは、がん細胞に対する高い選択性を有する薬剤を標識する際に相性が良く、今後の創薬に大きな期待が集まっている。

我々は、ラジウム226という物質を固定化し照射する技術を開発してアクチニウムを製造する方法を確立した。ラジウムは1960年代まで多くの産業利用がなされたが、放射線の危険性が指摘されて以降、世界的に商業用途を失い、放射性廃棄物として保管されている。我々が開発した技術は、ラジウムという廃棄物から医学的に価値のあるアクチニウムへ再生する方法と言える。社会的な毒を、科学によって有用な物資に変換・再生する技術は、新しい放射性治療薬開発と共に理解が得られるものと信じている。

アクチニウム225の製造

執筆者

量子科学技術研究開発機構 量子生命・医学部門 量子医科学研究所

先進核医学基盤研究部 放射性核種製造グループ グループリーダー

男性の顔

永津 弘太朗(ながつ・こうたろう)

サイクロトロンを利用した放射性物質の製造研究を20年以上に渡って従事。核医学に利用する診断・治療用放射性物質のライブラリー構築に注力。薬剤師。博士(工学)

本記事は、日刊工業新聞 2022年4月7日号に掲載されました。

■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(40)α線源 加速器で製造(2022年4月7日 科学技術・大学)