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放射線医学研究所

環境生物への影響(東京電力福島第一原子力発電所事故に関連するQ&A)

掲載日:2024年3月27日更新
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調査方法

  1. 放射線による野生動物の影響は、どのような方法で調査研究されていますか?
  2. 放射線による野生植物の影響は、どのような方法で調査研究されていますか?

被ばくの影響

  1. 放射線による野生生物への影響はあったのでしょうか?
  2. 放射能に汚染した地域で観察される自然環境の異変は放射線が原因と考えてよいのですか?
  3. 放射線による野生生物への影響は、これから出るのでしょうか?
  4. 植物は放射線に耐性というイメージがありますが、種類によって異なるのでしょうか?
  5. 植物の放射線耐性は、人やその他の哺乳動物と比べて高いのでしょうか?

 
Q.放射線による野生動物の影響は、どのような方法で調査研究されていますか?

A.野生動物への影響は、肉眼レベルから分子レベルまで調べられています。検出された影響の原因を特定するため、現地での被ばく線量を評価するとともに実験室で被ばく実験を行います。

野生動物に何らかの影響が生じているかどうかについては、研究者が調査対象地域に行き、動物の生息数や外部形態などを肉眼的に調べます。また、現地で捕獲した動物を研究所に持ち帰り、より詳細な解析(病理学的解析、染色体異常解析、生化学・分子生物学的解析など)も行います。なお、影響が生じているかどうかを判定するにあたっては、適切な対照地域を選択し(原発事故による汚染がなく、その他の環境条件はできるだけ調査対象地域と同じ)、そこで同様の調査を行って、結果を比較することが重要です。

野生動物に何らかの影響が生じていることが確認された場合、その影響の原因が放射線かどうかを特定するためには、調査対象地域で野生動物がどの程度の吸収線量率(単位はμGy/h)で放射線被ばくを受けていたかが重要な情報になります。そこで、外部被ばくについては、動物の生息場所(陸域ですと土壌など、水域ですと水や底質など)の放射性核種濃度を測定して、その値から専用のコンピュータソフトを用いて吸収線量率を計算します。また、現地で測定した空間線量率(単位はμSv/h)に一定の係数を掛けて算出する場合もあります。内部被ばくについては、動物体内の放射性核種濃度を測定して、その値から専用のコンピュータソフトを用いて吸収線量率を計算します。これらのコンピュータソフトを用いた線量計算では、動物の胴体部分をラグビーボールのような形状で単純化します。

次に、調査対象地域の動物で確認された影響が、推定した吸収線量率で生じるかどうかを放射線被ばく実験で検証します。この実験は、研究対象の動物を実験室などで飼育しながら、一定の線量率で長期間にわたって放射線に被ばくさせ(ガンマ線によって外部照射する場合が多いです)、どの程度の線量率で、どのような影響が生じるのか(線量率-効果関係)を調べるものです。

Q.放射線による野生植物の影響は、どのような方法で調査研究されていますか?

A.基本的には、野生動物と同様の方法で、野生植物の調査研究が行われます。

一般的には、野生動物と同様の方法で、野生植物の調査研究が行われます。ただ、福島原発事故の影響に関しては、野生動物に比べて、野生植物の研究事例は少ないのが現状で、これまでに調べられた影響は、外部形態やDNAのメチル化などに限られています。

Q.放射線による野生植物の影響はあったのでしょうか?

A.影響があった場合となかった場合が報告されており、今のところ議論の最中です。

これまでのところ、影響があった、なかった両方の研究事例が多数あります。例えば、私達QSTの研究でも、福島県の帰還困難区域※1の中でも特に線量が高い地域では、野ネズミの染色体異常がわずかに増加したことが確認されています(ただし、それにより、ガンの増加といった具体的な個体影響が生じることは考えにくいです)。また、帰還困難区域の中でも特に線量が高い地域では、放射線が原因かどうかは現在検討中ですが、モミの木の形態変化が増加していました。一方、両生類やメダカでは、帰還困難区域であっても今のところ影響が見つかっていません。このように、影響があったのか、なかったのかという点については、現在研究者の間で議論となっています。ただ、少なくともチェルノブイリ原子力発電所事故※2後に見られたような深刻な影響(例えば、高レベルの放射線により木が枯れて赤く変色してしまった、いわゆる「赤い森」)はなかったのではないかという点では、ほぼ一致していると考えられます。また、国連科学委員会や国際原子力機関などの国際機関は、「福島原発事故直後の線量が高かった時期に、高線量地域の野生生物の一部個体では影響があった可能性はあるが、個体群※3や生態系に全体的な影響があったとは考えにくい。」といった趣旨の報告をしています。

野生動物は、放射線以外の原因(環境要因など)によっても影響を受けることがあるので、野外で観察された影響の原因が本当に放射線であるかどうかを確認する必要があります。そのためには、野生動物が野外で受けていた線量率を評価し、その線量率で影響が生じるかどうかを実験室で検証することが重要です。

 

※1:帰還困難区域

2011年度末で年間積算線量が50 mSvを超え、事故後6年を経過しても年間積算線量が20 mSvを下回らないおそれのある地域で、人の立ち入りは制限されています。

※2:チェルノブイリ原子力発電所事故

1986年に、旧ソビエト連邦(現在のウクライナ)で発生した人類史上最悪の原発事故

※3:個体群

ある一定範囲に生育・生息する同一生物種の個体のまとまりを表す概念

Q. 放射能に汚染した地域で観察される自然環境の異変は放射線が原因と考えてよいのですか?

A.自然環境の異変は様々な要因で引き起こされるので、一概に放射線の影響とは考えられません。

自然環境は、放射線以外の多くの要因によって影響を受けるので、放射線が原因と決めつけることはできません。避難などにより汚染地域から人がいなくなることで自然環境の変化も起こります。観察される異変の原因を放射線と特定するためには、対象生物の線量評価とその線量で影響が観察されることを示す検証実験が必要になります。

Q.放射線による野生植物への影響は、これから出るのでしょうか?

A.今後新たに放射線影響が生じる可能性は低いと考えられます。

福島原発事故で放出された放射性物質のうち、環境中に残っているのは放射性セシウムがほとんどです。放射性セシウムは時間経過とともに放射能が弱まります(物理的壊変)。また、放射性セシウムは土壌に付着しやすいので、植物に吸収されにくい性質があります。したがって、野生植物中の濃度は徐々に減少し、またそれを餌とする動物中の濃度も減少します。したがって、野生生物が受ける放射線量は、外部被ばくと内部被ばくいずれについても時間経過とともに減少していくので、今後新たに放射線影響が生じる可能性は低いと考えられます。

Q.植物は放射線に耐性というイメージがありますが、種類によって異なるのでしょうか?

A.植物の種類によって放射線への強さは異なります。

植物は一般的には放射線に耐性のものが多く、例えば原爆の爆心地近くでも生き残っている植物もいます。ただ植物の放射線感受性には非常に大きな多様性があり、例えばユリ科の草本の一部や針葉樹の一部には放射線感受性が高い(放射線の影響を受けやすい)植物種があることが知られています。

Q.植物の放射線耐性は、人やその他の哺乳動物と比べて高いのでしょうか?

A. 植物の種類によって異なりますが、人やその他の哺乳動物と同程度弱い種もあります。

植物と動物では生き方(生活)が全く異なるので放射線感受性を比較するのは難しいのですが、単純に放射線を一回照射したときに生物個体が死ぬ/枯死する線量(致死線量)がいろいろな生物種で調べられているので、比較してみることにします。すると、「最も放射線感受性が高い種類の植物」と「ヒト・哺乳類」との間では、致死線量にそれほど大きな差はないことがわかります。