被ばく防護と医療 第83回
放射性核種を高精度分析 環境への放出由来特定
環境放射能水準調査は、大気圏内核実験やビキニ環礁の水爆実験以降に始まり、当時の科学技術庁(現在、原子力規制委員会)が作成したマニュアルをベースに、各都道府県で環境放射能のモニタリングが続いている。その結果、福島第一原子力発電所事故時においても、全国各地のデータとの比較により、その事故の影響を評価することは容易であった。
しかし、環境や食品中のストロンチウム(Sr)やプルトニウム(Pu)などの放射性核種の放射能濃度測定には、測定試料の作製・抽出に数キログラムや数百リットル単位の大量の降下物、土壌、堆積物、陸水や海水等を必要とし、実際に計測できるまでに数ヶ月要することが問題であった。
イオン化された元素を測定できる質量分析装置システムは、従来の放射能測定に比べて原子数を直接計測する利点などが有り、その高度化・普及に伴って、Puだけでなく、半減期が数十年の放射性核種のSr-90などの定量にも適用できるようになった。
これは質量数ごとのイオンカウント数から放射能濃度を求める方法で、フェムトグラム(1000兆分の1グラム)やアトグラム(100京分の1グラム)の原子や分子の測定も可能である。そのため、従来の放射能計測法に比べ、分析に必要な試料の量は従来の1割以下になり、定量までの所要時間も月単位から日単位へ大幅に短縮された。
さらに、放射能計測法では、質量数が異なるPu同位体のPu-239とPu-240とは分別して測定できなかったが、質量分析法では質量数の差による放射性核種の分別が可能で、その結果、その同位体比から環境への放出起源、つまり大気圏内核実験または福島原発事故など、環境への放出由来を特定することができるようになった。
最近、複数のイオン検出器を備えたシステムも開発され、自然界に多量に存在する安定同位体から極微量の放射性同位体までの幅広い濃度範囲で定量ができ、加えて分離精製技術を活用することで、複数の放射性核種の同時定量も可能になってきた。
原子力災害等の不測の事態が発生した場合、試料が施設に届き次第、迅速、簡便かつ高感度・高精度に放射性核種の同定や定量ができ、その結果、早期に被ばくなどへの対処を判断する情報の提供や検出された放射性核種の出所の確定に役立てることが期待できる。
執筆者
量子科学技術研究開発機構 量子生命・医学部門
放射線医学研究所 福島再生支援研究部 環境動態研究グループ グループリーダー
青野 辰雄(あおの・たつお)
専門は海洋放射生態学に関する分野。福島原発事故後は福島再生支援に係る調査や研究等を中心に、環境動態研究グループのリーダーを務める。博士(理学)。
本記事は、日刊工業新聞 2023年2月23日号に掲載されました。
■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(83)被ばく防護と医療(連載記事 全9)放射性核種を高精度分析(2023年2月23日 科学技術・大学)