被ばく防護と医療 第84回
染色体異常AIで判定 技術習得者不足を解消
放射線の被ばくによってどのような影響が人体に表れるのかは被ばく線量から推定できる。そのため線量評価は被ばく医療や被ばく後の健康管理の根幹と言える。
線量評価の手法の中でも生物学的被ばく線量評価(生物線量評価)は、被ばくの影響の程度を知りたい個々人の生体組織から被ばくの痕跡を定量的に分析する方法である。実際に被ばく患者が発生したときには、生物線量評価だけでなく、放射線測定や化学的・物理学的放射能分析など複数の手法を用い、それらの結果を組み合わせて総合的に評価を行う。
生物線量評価の標準的な方法として、被ばくにより末梢血リンパ球に起こる染色体異常を指標とする方法がよく用いられている。生物線量評価を実施する機関は、被ばく線量と末梢血リンパ球に染色体異常が起きる頻度との相関に係るデータを持っており、放射線事故などで被ばく事故が発生した際には、その患者から採血・処理を行い、顕微鏡観察によるリンパ球の染色体異常頻度から被ばく線量を評価できる。
ところが、この染色体異常頻度の顕微鏡観察というのが職人技で、正確に染色体異常を見つけるには相応の鍛錬が必要となる。またこの染色体異常観察は、一般的な臨床検査としての染色体検査とは異なり、多数の観察数が必要で、なかなか習得者が増えないという状況があった。
そこで我々は、この染色体異常の判定にAIの導入を進めている。熟練者の観察結果を教師データとしてAIに学習させることにより、一般的な習得者と同程度の成績で判定可能なAIを開発することができた。
AIを用いることにより解析が自動化、高速化されることは単に習得者不足が解消されるというだけでなく、例えば、多人数の検査が必要となるような災害への対応、評価可能な線種の拡大や内部被ばく評価などへの適用、中長期的な健康管理や調査への活用、さらには一般臨床検査への応用など様々な可能性の扉を開く。
現在の喫緊の課題は、この開発したAIを国の原子力防災体制に実装することである。そのために、日本全国の機関で作成した顕微鏡標本でも正確に判定できるようなAIの改良、インフラや実施計画の整備に向けた取り組みを進めている。
執筆者
量子科学技術研究開発機構(QST)
量子生命・医学部門 放射線医学研究所
計測・線量評価部 主任研究員
高島 良生(たかしま・よしお)
さまざまな放射線災害に対応した線量評価手法の社会実装に向けた開発、新たな生物線量評価手法に関する研究に従事。博士(工学)。
本記事は、日刊工業新聞 2023年3月2日号に掲載されました。
■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(84)被ばく防護と医療(連載記事 全9)染色体異常AIで判定 技術習得者不足を解消(2023年3月2日 科学技術・大学)