現在地
Home > 放射線医学研究所 > 被ばく防護と医療 第87回 放射線皮膚障害の治療

放射線医学研究所

被ばく防護と医療 第87回 放射線皮膚障害の治療

掲載日:2024年3月27日更新
印刷用ページを表示

被ばく防護と医療 第87回
放射線皮膚障害の治療 幹細胞で手術効果高める

過剰な被ばくによる健康影響のうち、特に皮膚に生じる症状のことを放射線皮膚障害、あるいは放射線皮膚炎、放射線潰瘍などと呼ぶ。放射線皮膚障害は、意図せずに放射線を発する物質に触れてしまった場合や、また癌の治療や心臓カテーテル検査などの放射線を利用した特殊な医療行為の局所合併症としても生じる可能性があり、皮膚は放射線を使う現場では注意が必要な臓器の一つである。

放射線を浴びた細胞は、DNAに傷がつき細胞自身が再生する能力を損なう。皮膚の細胞は常に分裂して再生が盛んに行われているので放射線の影響を受けやすい。日々の新陳代謝が激しい皮膚の場合、被ばく線量が少量の場合は紅斑と呼ばれる皮膚の赤みを生じるが数日で軽快する。線量が多くなると時間がたってから皮膚がかさぶたのようになり剥がれ落ちたり、潰瘍と呼ばれる傷になったりする。

比較的浅い潰瘍に対しては軟膏や被覆材と呼ばれる傷を覆う保護材などによって治療を行う。放射線によって生じた傷は皮膚細胞だけでなく、皮膚組織に存在する汗線、血管などにも影響を与え、普通の傷やけがに比べて極端に治りが悪い場合が多い。なかなか治癒しない大きな範囲の放射線皮膚障害に対しては、手術による治療を行うこともある。手術では傷を含め周囲の放射線の影響を受けた皮膚組織全体を大きく切り取り、そこに身体の別の場所から皮膚組織などの移植を行う。このような手術は大掛かりであり、残念ながら治療した傷が再発することもある。

このような治療が難しい放射線皮膚障害に対して、近年ではさまざまな組織の細胞の元となる幹細胞を使った再生医療の応用が試みられている。幹細胞は私たちの身体の骨髄や脂肪などさまざまな組織の中に存在し、いろいろな細胞へ変化したり、細胞の増殖や活性化を促すさまざまな物質を放出したりする。

海外では組織から抽出した幹細胞の投与と従来の手術とを組み合わせることで、手術の効果を高め、治療が促進したり術後の痛みが軽減できたりといった報告がある。まだまだ一般的な方法ではないが、放射線皮膚障害に困っている患者さんを救うため、再生医療のさらなる研究開発が期待されている。

放射線皮膚障害とその治療の説明図

図:放射線皮膚障害と治療方針

執筆者

量子科学技術研究開発機構(QST)

量子生命・医学部門 放射線医学研究所

被ばく医療部 医長

 

男性の顔

西條 広人(さいじょう・ひろと)

放射線による皮膚潰瘍の治療を専門とし、幹細胞を用いた放射線被ばくに対する治療法開発の研究を行っている。医学博士。

 

本記事は、日刊工業新聞 2023年3月23日号に掲載されました。

■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(87)被ばく防護と医療(連載記事 全9)​放射線皮膚障害の治療(2023年3月23日 科学技術・大学)