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被ばく防護と医療 第88回 より安全な医学利用:脳血管内治療患者の眼を守るシャドー・シールド

掲載日:2024年3月27日更新
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被ばく防護と医療 第88回
よろ安全な医学利用:脳血管内治療患者の眼を守るシャドー・シールド

頭の中にできた病変を直接切開することなく、カテーテルと呼ばれる細い管の先端をエックス線で透かして見ながら、血管の内側から病変を治療する方法を脳血管内治療と呼ぶ。カテーテルは通常太ももの付け根の血管や、手首、肘の血管から挿入するため、これまでの直接頭を切開する手術法に比べて、組織を傷つける危険性が低く、患者の脳や全身への負担が小さいのが特徴で、今ではスタンダードな治療法として広く普及している。

いっぽうで、放射線のひとつであるエックス線は物質を透過する性質が高いため、脳血管内治療をおこなう際に、患者の頭皮や脳に影響を及ぼす可能性はけっしてゼロではない。とくに脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)や硬膜動静脈瘻(こうまくどうじょうみゃくろう)といった疾患を治療する際には、眼にエックス線が長時間あたってしまうことがあり、治療後10年から20年の年月をかけて眼のレンズが徐々に濁り、白内障を引きおこすことが懸念されている。

そこで量子科学技術研究開発機構では、エックス線の通り道に、エックス線を通さない金属製の遮蔽板を置くことで、エックス線の陰影(シャドー)によって眼のレンズを遮蔽(シールド)する装置「シャドー・シールド」の開発に取り組んできた。

具体的には、血管撮影装置のエックス線出口部分に、樹脂製アームの先端に取り付けた小さな遮蔽板をおき、遮蔽板の位置をコントローラーで無線遠隔操作する装置である。8時間程度の治療であれば途中で充電することなく連続操作することが可能で、バッテリーを含めた総重量が1kgを切る小型化に成功した。

現在、国内の大学病院で臨床試験を実施しており、実際に脳血管内治療を受ける患者の眼のすぐ脇に小型の線量計を置いて調べたところ、本装置を用いることで、眼のレンズにあたるエックス線の量を5~6割程度低減できることが確認できた。繰り返して行われることが多い脳血管内治療において、眼のレンズの線量をほぼ半減できることは、患者の白内障予防の観点から恩恵が大きいと考えている。

今後は、実用化を希望する医療機器メーカーへの技術供与により、シャドー・シールドのコンセプトが脳血管内治療に普及することを願っている。

図・写真

執筆者

量子科学技術研究開発機構(QST)量子生命・医学部門

放射線医学研究所 放射線規制科学研究部 部長

 

男性の顔

盛武 敬(もりたけ・たかし)

筑波大学医学専門学群卒。博士(医学)。脳神経外科専門医。放射線医学総合研究所、筑波大学陽子線医学利用研究センター、産業医科大学を経てQSTに赴任。被ばく後生体内酸化ストレス、医療での患者・従業者被ばく研究に従事。

 

本記事は、日刊工業新聞 2023年3月30日号に掲載されました。

■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(88)被ばく防護と医療(連載記事 全9)​より安全な医学利用:脳血管内治療患者の眼を守るシャドー・シールド(2023年3月30日 科学技術・大学)