被ばく防護と医療 第89回
複合材で被ばく線量半減 宇宙長期滞在 健康リスク低減
地球から遠く離れた月や火星などの深宇宙への進出や宇宙旅行が現実味を帯びてきており、宇宙滞在の機会は身近になってきている。宇宙空間には、地球上の自然放射線とは大きく異なる、宇宙放射線という陽子、ヘリウム(He)、鉄(Fe)などのさまざまな荷電粒子が飛び交っている。特にヘリウムより重い鉄などの重粒子線は人体に大きな影響を及ぼすと考えられており、深宇宙は地球近傍よりも過酷な放射線環境になる。
例えば、月面は地球上の200倍以上(年間約420mSv)の被ばく線量になると推定されている。安心安全な宇宙滞在のためには、宇宙放射線の被ばくは避けられない課題の一つである。
そこで我々は、宇宙空間での被ばく線量の約7割を占める重粒子線に注目した線量低減化の検討を進めている。重粒子線は物質に衝突すると軽い粒子に壊れる性質があり、また衝突する物質の質量数が小さいほど壊れやすい。つまり水素(H)を多く含むものが重粒子線に対する線量低減のための遮へい材に適している。
近年、飛行機や自動車などに使用される軽量で高強度な炭素繊維強化プラスチックなどの複合材料は、水素を多く含み質量が小さい物質である。この複合材料の遮へい性能について、宇宙放射線を模擬した重粒子線を照射できる重粒子線がん治療装置HIMACを用いた実験とシミュレーションにより検証した。
従来の宇宙船材料のアルミニウムに比べて、複合材料の重粒子線に対する遮へい性能は、重粒子線や材料の種類によるが、最大60%程度高いことが分かった。図は宇宙放射線の種類ごとの年間被ばく線量について、遮へい無しの場合と約12cm厚さの複合材料へ垂直に入射した宇宙放射線を遮へいした場合の比較を表している(実際には宇宙放射線は斜めから入るとその分だけ通過距離が長くなるため、必要な厚さはもっと薄くなる)。
複合材料の活用によって重粒子線の被ばく線量を半減できることが分かってきた。複合材料を宇宙船の構造材料として用いれば、放射線防護を目的とした遮へい材を追加で積載することなく、被ばく線量を効率的に低減できる可能性があるとともに、長期的な宇宙滞在時の被ばくによる様々な健康リスク(白内障や発がんなど)の低減につながることが期待される。今後、低減効果の一層高い設計と実装が進めば、人類の宇宙進出へまた一歩近づくことになる。
図:宇宙放射線に対する炭素繊維強化プラスチック等の複合材料の遮へい性能
執筆者
量子科学技術研究開発機構
量子生命・医学部門 放射線医学研究所
計測・線量評価部 放射線計測グループリーダー
小平 聡(こだいら・さとし)
放射線計測技術の開発と治療から宇宙にいたる様々な計測・線量評価研究に従事。博士(理学)。
本記事は、日刊工業新聞 2023年4月6日号に掲載されました。
■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(89)被ばく防護と医療(連載記事 全9)複合材で被ばく線量半減(2023年4月6日 科学技術・大学)