核融合炉実現に向けては様々な研究開発が必要となりますが、核融合炉材料研究開発部では、炉を構成する様々な材料に関する研究開発と、その遂行に欠かせない実験施設等の研究開発を中心に進めています。研究対象となる材料は、核融合炉の各構成機器により様々ですが、本機構では主に、ブランケットやダイバータと呼ばれる機器の構造材料としての鉄鋼材料、機能材料としてのSiC/SiC複合材料、ヒートシンクおよび冷却管材料としての銅合金、そして高負荷部対向材料としてのタングステンを中心に研究開発を行っています。
核融合炉では、ブランケットやダイバータといったプラズマに対向する機器に於いて、材料は非常に高エネルギーの中性子やプラズマから来る熱負荷等に曝されます。この際、材料では様々な特異な現象が引き起こされますが、特に照射損傷と呼ばれる現象は、高エネルギーの粒子が材料に照射される事により内部の結晶構造が乱れる、所謂はじき出し損傷と呼ばれるものや、原子そのものが違う原子へと変換される核変換と呼ばれる現象によって、材料が本来持ち合わせている様々な特性が変化して行く事を言い、設計当初の健全性を担保出来なくなります。即ち、この現象が引金となって機器が想定以上に早い段階で壊れたり、機器そのものが設計上の性能を発揮できなくなるといった問題を誘発します。照射損傷そのものは核融合炉に特有の現象ではなく、既存の核分裂炉、いわゆる原子炉や宇宙空間など、高エネルギーの粒子線に物質が曝される環境で広く問題となっている現象です。しかし、環境に応じて粒子線のエネルギーや種類が異なるため、それぞれの環境に合わせた材料特性変化に関する研究が必要となります。そのため本研究開発部では、核融合炉の環境で想定している照射損傷による材料の特性変化(劣化)の科学的解明と健全性評価、および照射損傷に対して抵抗力のある材料の研究開発を行っています。
主な研究活動
1.低放射化フェライト鋼の研究開発
低放射化フェライト鋼とは、Mod9Cr耐熱鋼(T91:Fe-9Cr-1MoVNb)をベースに低放射化を図った鋼の総称です。低放射化とは、材料中に含まれる元素のうち、中性子の照射によって核変換され、結果的に長寿命の放射性核種となる元素を、核変換で短寿命の放射性核種となる元素に置き換えることにより、中性子照射された材料の放射化の度合いを低減させる事を意味します。核融合炉では、構造材料として主に鉄鋼材料を用いますが、ブランケット等の機器では構造材料の中性子照射量が既存の原子炉に比べると非常に大きく、且つエネルギーも一桁近く大きくなる事より、照射損傷に比較的強いとされるフェライト鋼を使用する予定です。ここで一つ重要なのが、同じフェライト鋼でも“核融合炉で用いるものは低放射化されたもの”と言うことです。核融合炉の開発理念の一つは、放射性廃棄物の量を極力減らす事です。元々核融合炉から発生する放射性廃棄物は既存の原子炉と比較するとその量は格段に小さく、しかも低レベル廃棄物が主です。それでも、高速の中性子に曝される機器では材料の放射化は避けられない為、材料の放射化の度合いを極力小さくする事が求められています。一方、いくら“低放射化”を達成したとしても、その材料の特性が大きく変わってしまったり、耐照射性が悪くなったりして、結果的に核融合炉での環境で使えない様な材料では意味がありません。そこで材料開発では、出来るだけ放射化しないようにしつつ、中性子照射により簡単には悪くならず安定して強い材料の研究開発を行っています。更に、開発した材料が設計当初の性能をいつまで発揮することが可能かを見極める、即ち設計寿命を策定することも材料開発の上で重要なポイントとなります。そこで、その材料の限界を理解した上での正しい使い方の研究も同時に行っています。
2.SiC/SiC複合材料の研究開発
SiC/SiC複合材料の特徴は、セラミックス独特の軽さ、強固さ、高温での安定性などの多くの利点を損なうことなく、セラミックス繊維で内部を強化することで見かけ上の粘っこさ(擬延性という。)を備え、セラミックスの最大の弱点である脆さを克服した点にあります。特に、高結晶性のSiCを素材として使うことで優れた耐照射性能がこれまでに実証されています。本材料を使うことで核融合炉の発電効率の飛躍的な向上が期待されるだけでなく、SiCの低誘導放射能・低崩壊熱という利点から放射性廃棄物の低減も大いに期待されます。このように魅力ある核融合炉の実現を支える先進材料として、商用炉を見据えた核融合炉先進ブランケットへの適用を第一に研究開発が進められております。実用化に向けては、金属ともセラミックスとも異なる新しい概念で設計された複合材料を、適切かつ安全にどのようにして使っていくかといったルール作りが重要です。その基本となる考え方を整理するため、複合材料の挙動理解、特性評価を進めております。また、このような発想で作られた複合材料は、核融合のみならず、軽水炉の事故耐性燃料、航空機のロケットエンジン部材など、幅広い産業での実用化も進められています。そのため、核融合炉材料研究で蓄積する多くの共通基盤技術の波及効果も大いに期待されます。