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高崎量子技術基盤研究所

特殊なデンプンでナトリウムを吸着・無害化するヒナアズキ -ナトリウム蓄積の害から葉を守る特殊な耐塩性機構の正体-

掲載日:2023年7月6日更新
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ポイント

 農研機構、量子科学技術研究開発機構、筑波大学、東京大学、理化学研究所からなる研究グループは、アズキの近縁種であるヒナアズキが、葉に特殊なデンプンを蓄積し、ナトリウムを吸着させ隔離することで無害化できることを明らかにしました。新たに解明したこの耐塩性機構は、一般的な耐塩性植物が持つ葉へのナトリウム流入抑制とは異なることから、今後の耐塩性作物の開発への適用が期待されます。

概要

 多くの植物では、ナトリウムが葉に流入して蓄積すると、光合成を阻害し葉に深刻な障害(塩害)をもたらします。利用可能な淡水資源が世界的に減少しつつある現在、ナトリウム濃度の高い塩水でも栽培可能な、塩害に強い耐塩性作物の開発が求められていますが、そのためには耐塩性機構の解明が不可欠です。
 一般的な耐塩性植物は、葉へのナトリウム流入を抑制する機構が発達しています。以前、農研機構と量子科学技術研究開発機構(QST)は、アズキの近縁種の耐塩性植物には、これとは異なる独自の耐塩性機構を獲得した種が複数存在することを明らかにしました。

(2023年3月8日農研機構プレスリリース)https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/ngrc/157576.html

 その中でもヒナアズキは、葉にナトリウムを蓄積するユニークな性質を持っており、今回、農研機構、量子科学技術研究開発機構(QST)、筑波大学、東京大学、理化学研究所(理研)からなる本研究グループは、その耐塩性機構について詳細な調査を行いました。
 その結果、ヒナアズキの葉では、葉緑体に多くのデンプン顆粒を形成し、そのデンプン顆粒の特殊な能力によって流入したナトリウムを吸着することで、光合成の阻害等のナトリウムの悪影響を抑制することが示唆されました。このように、ヒナアズキは、多くの耐塩性植物が持つ葉へのナトリウム流入抑制とは異なる耐塩性機構を持つことが明らかとなりました。
 今後、ヒナアズキの特殊なデンプン顆粒形成に関連する遺伝子の同定を進めます。これによりヒナアズキの特殊な耐塩性機構をその他の耐塩性機構と組み合わせることで、世界的な淡水資源の枯渇問題に対応する、さらに塩害に強い作物の開発への応用が期待されます。

<関連情報>
予算:科学技術振興機構さきがけ「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」JPMJPR11B6
予算:日本学術振興機構科学研究費助成事業「Vigna属耐塩性野生種のNa吸収に関するイメージングおよび全遺伝子発現解析」18H02182
予算:内閣府ムーンショット型研究開発制度「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」JPJ009237

開発の社会的背景

 世界におよそ3億haある灌漑農地の約半分は塩類集積による塩害の影響を受けており、塩害に極めて弱いイネやダイズなど主要な作物の栽培が困難になっています。また、乾燥地での灌漑農業が拡大した結果、湖沼や地下水などの淡水資源が急速に枯渇に向かっており、乾燥地における塩害のリスクはますます高まっています。このような状況に対して、塩水でも栽培可能な塩害に強い作物の開発が求められており、塩害に強い植物がもつ耐塩性機構を明らかにすることが不可欠となっています。​

研究の経緯

 農研機構では、多様な遺伝資源1)をジーンバンク2)事業で収集・保存し、有用な特徴を調べています。特にアズキの近縁種は多様性の宝庫であり、厳しい環境に適応した種や系統が多数存在します。私たちは、アズキの近縁種が持つ独自の耐塩性機構に注目しています(Noda et al., 2022、2023年3月8日農研機構プレスリリースhttps://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/ngrc/157576.html)。

 今回は、塩害に強いアズキ近縁種のうち、海岸の波打ち際など海水を直接浴びる環境で生育できるヒナアズキに着目しました。ほとんどの植物では、葉に過剰なナトリウムが流入すると致命的な傷害を受けますが、ヒナアズキは葉にナトリウムを蓄積しながら、目立った傷害なしに生育できることがわかっています(図1)。本研究グループは、QST、東京大学、筑波大学が持つ細胞内の元素を可視化する技術と、理研の電子顕微鏡技術を用いて、ヒナアズキの特殊な耐塩性機構を詳細に調査しました。​

研究の内容・意義

​ 最初に、葉にナトリウムを蓄積するヒナアズキと塩害に弱いアズキについて、葉の細胞の特徴を、理研が有する走査型電子顕微鏡で観察しました(図2)。ヒナアズキでは、葉の細胞内の葉緑体にデンプン顆粒が形成されていましたが、アズキではほとんど見出されませんでした。
 続いて、QSTおよび筑波大学でヒナアズキの葉を24時間遮光し、デンプン顆粒が失われた状態で放射性ナトリウム3)を吸収させて元素分布を調べました(図3)。遮光した葉のナトリウムの量は、遮光しなかった葉に比べて顕著に減少し、デンプン顆粒形成とナトリウム蓄積との間に関係があることが示されました。
 最後に、100mMの塩水で数日間栽培したヒナアズキの葉の細胞内のナトリウムの分布を東京大学でSEM-EDX4という手法を使って画像化したところ、デンプン顆粒の周囲にナトリウムが高密度で存在することが明らかとなり、ナトリウムが吸着されていると考えられました(図4)。
 上述の通り、➀ヒナアズキの葉の葉緑体には多くのデンプン顆粒が形成されること、➁デンプン顆粒の形成を妨げると、葉へのナトリウム流入が顕著に減少すること、➂ナトリウムは、葉緑体に形成されたデンプン顆粒の周囲に高密度で分布し、デンプン顆粒に吸着されていると考えられること、が明らかとなりました。更に、葉に多数のデンプン顆粒を形成する別種の植物ではデンプン顆粒にナトリウムは吸着されませんでした。このことから、ヒナアズキのデンプン顆粒はナトリウムを吸着する特殊な能力を持ち、ナトリウムによる害から葉を守っていることが示唆されました。

今後の予定・期待

 現在、農研機構では塩害に強いアズキ近縁種のゲノム解析を進めており、各種の特異な耐塩性機構遺伝子の単離を目指しています。そのような遺伝子を明らかにして、複数の耐塩性機構を集積することで、耐塩性の極めて強い作物育種への応用が可能となることが期待できます。​

用語の解説

1)遺伝資源

 遺伝の機能的な単位を有する植物、動物、微生物等に由来する素材であって、顕在的または潜在的な価値を有するもの。

2)ジーンバンク

 生物多様性の保全のほか、新品種や医薬品の開発等に活用するため、植物、動物、微生物等の遺伝資源を収集し、人工的に管理することで、保存、配布する仕組みまたは施設。
​農研機構農業生物資源ジーンバンク : https://www.gene.affrc.go.jp/index_j.php

 

3)放射性ナトリウム

 放射線を放出するナトリウム。高感度で、物質の動態や局在を調べることができる。自然界のナトリウムの大部分は放射線を放出しないが、本研究では人工的に作り出した放射性ナトリウム22Naを使い、植物に吸収されたナトリウムがどこに蓄積されるかを調査した。

4)SEM-EDX

 走査型電子顕微鏡 (SEM) が付属したエネルギー分散型X線解析装置 (EDX)。EDXは物質に電子線を照射し、そこから返ってくるX線のスペクトルを検出することで物質内のどこに・どの元素が・どれくらい存在するかを評価できる。SEMと組み合わせることで、細胞内などにおける元素の分布を明らかにすることができる。

発表論文

Starch-dependent sodium allocation in the leaves of Vigna riukiuensis. Noda Y, Hirose A, Wakazaki M, Sato M, Toyooka K, Kawachi N, Tanoi K, Furukawa J and Naito K. Journal of Plant Research 
DOI: https://doi.org/10.1007/s10265-023-01470-8

参考図

図1及び図2

図3及び図4