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量子生命科学研究所

量子スマートセル(5)脳疾患、ナノセンサーで知る

掲載日:2022年9月29日更新
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脳疾患、ナノセンサーで知る

 脳は、「見る」「聞く」「考える」などの、まさに「心」を生み出す重要な臓器である。脳が担う高次な情報処理機能は、多くの神経細胞で形成される複雑なネットワーク回路と、その周囲に存在するグリア細胞や脳血管が支え合うことで成り立っている。これら神経・グリア・血管が生み出す相互に調和のとれた関係性が乱れると脳の病気につながる。そのため、様々な脳細胞の機能や相互関係の理解は、新たな治療技術や診断法の開発に繋がる重要なカギとなる。

 筆者は、これまでに脳細胞の機能を理解するために生きた動物の組織や細胞を直接観察してきた。この生体内の観察には、マクロレベル(例えば個体や組織)からミクロレベル(1つの細胞)までさまざまなスケールの計測系を用いてきた。現在、ミクロよりさらに小さい、細胞内の微小環境(温度や水素イオン指数<pH>、電場、磁場)を計測できる「ナノ量子センサー」の生命科学応用が進んでおり、主に培養細胞等の試験機内で実現されている。

ミクログリア&ナノダイヤ画像

このナノ量子センサーの生体計測応用が進めば、これまで困難であった生きた動物内の微小かつ複雑な細胞内状態の変化を観察できるかもしれない。そこで、量子科学技術研究開発機構では、ナノ量子センサーの細胞内導入技術や専用のレーザー顕微鏡などの計測技術の開発とその生物・医学応用を進めている。

 最近の成果としては、げっ歯類のマウスの脳内の免疫細胞に、ナノ量子センサーに導入し(図参照)、細胞内温度の計測に成功した。さらに、認知症を再現したモデル動物の脳表の免疫細胞の温度を試験的に計測した結果、細胞内温度低下を検出し、病気に伴う代謝低下をとらえている可能性を示した。

 現在、生体ナノ量子センサーにより、神経細胞やアストロサイトや血管の細胞内外の温度計測に取り組んでいる。この温度計測により、神経活動による局所的な血流の制御機構や脳卒中などの病態進行に関する情報が得られるかもしれない。

 

 このように、生体ナノ量子センサーは、細胞の微小環境を知る新たなツールとして生物・医学応用が進むことが期待されている。それにより、正常時と疾患時における脳細胞機能の多様でダイナミックな変化がとらえられるに違いない。

執筆者紹介 田桑主幹研究員

※本記事は2022年9月29日 日刊工業新聞30面(科学技術・大学)に掲載されました。

 日刊工業新聞 量子科学技術で作る未来(64)脳疾患、ナノセンサーで知る