ナノ量子センサーで細胞の異常検知
人体を構成する多くの細胞は数十マイクロメートル(マイクロは100万分の1)ほどしかない。したがって、細胞の異常を検知しようとすれば相応に小さいセンサーが必要となる。例えば細胞にとっての1マイクロメートルは人体にとっての10センチメートルに相当する。これはおおよそ体温計と同じ大きさだが、観測点を増やそうとすればさらに小さくする必要がある。つまり、細胞の異常を検知するためには1マイクロメートルよりも小さい「ナノメートル」(ナノは10億分の1)のセンサーが必要となる。
こうした極小のセンサーを実現する技術として、近年「ナノ量子センサー」が注目されている。ナノ量子センサーは、ナノメートルサイズのダイヤモンド微粒子をセンサーとする新しい計測技術である。その結晶中にわずかに含まれる不純物「NVセンター」の量子効果を利用することで、従来技術の限界を超えた高感度・高精度で温度、磁場、水素イオン指数(pH)などさまざまな物理量の計測ができる。
その粒径は最小5ナノメートルの極小サイズだ。細胞にとっての5ナノメートルは、人体にとっての塩粒ほどの大きさである。このような極小のセンサーを使うことで、たとえば細胞内の小器官でエネルギーが使われる際に生じる微量の熱を計測できるようになった。細胞内での不要物の分解に関係する微小環境のpHや、あらゆる生命現象に関係するたんぱく質の微細な構造の変化も計測可能だ。
この開発が進むことで、例えば細胞の老化や疾病に伴う代謝の異常や、がんや認知症に伴う細胞内外の微小環境の変化など、従来のセンサーでは困難だった細胞のわずかな異常を捉えられると期待されている。
また近年では、感染初期のわずかなウイルスなど、生体内の極微量分子の検出にもナノ量子センサーは活用され始めている。この技術を使えば簡便・安価な装置で一般的な検出技術の10万倍以上もの感度が実現できるため、新型コロナウイルス感染症やインフルエンザなどのウイルスの検査、がんや認知症などの体液診断への活用を進めている。この技術の普及により、近い将来、1滴の血液などわずかな検体から誰もが発症前の超早期に病を発見でき、医療格差の無い社会の実現に貢献すると我々は考えている。
※本記事は2022年9月8日 日刊工業新聞21面(科学技術・大学)に掲載されました。
関連リンク
<プレスリリース>
2019年5月発表:世界最小のダイヤモンド量子センサーの作成に成功
2019年9月発表:世界初・ナノサイズのpHセンサーを実現
2020年5月発表:細胞における分子1個の回転運動を3次元で検出するナノ量子センサーを実現
2021年8月発表:量子操作で蛍光検出効率100倍に成功
<QST NEWS LETTER>